Mirage〜２nd Emotion〜-7
こんなシチュエーションを冷静に受け止めるというのは、普通の男子高校生には極めて困難なことであることは明白だ。けれど、筑波の目的は大体見当がつく。彼女は間違いなく、昨日の僕の行動に関して問い詰めて来るだろう。彼女はどうやら千夏ほど単純ではないらしい。
幾筋もの水滴が、雨と混ざって僕の身体を滑り落ちていく。垂れた前髪が額に付く感触も嫌ではない。
だとすれば、僕はどういう言い訳をすればいいのだろう？ 『元カノによく似た女子高生を見かけて焦って逃げた』、か？ 却下だ。一番真実に近くはあるけど。『急に家の事情を思い出した』は？ いや、ダメだ。馬鹿過ぎる。じゃあ‥‥『お前らに付き合うのが嫌になった』、とか？
‥‥‥‥‥‥。
「‥‥ちっ」
僕は一度舌を鳴らすと、シャワーの蛇口を戻した。そして濡れそぼり、張り付いた前髪をかき上げる。
「考えつかへんわ」
誰にともなく呟き、僕は浴室を後にした。
「あ、お帰り」
筑波は読んでいた男性用ファッション雑誌から目を離し、行儀よく正座したままひらひらと手を振って見せた。確かに、怪しい真似はしていないらしいことは部屋を見渡せばわかる。
「なぁなぁ」
手をこまねき、彼女は持っていた雑誌のページを指差した。そこには見事なまでの作り笑顔を浮かべた美形の男性モデルの写真。
「こういう服、似合うんちゃう？」
筑波は目を輝かせている。
「いや、俺、基本的にこんな派手な色は着ぃひんねん」
イケメンモデルが着ていた服は遠目からでもわかります、とでも言いたげなオレンジ色。僕は基本的に落ち着いた色合いを好むのだ。
「じゃあ、こっちやな」
その人差し指の先では別のモデルがカメラに向かって澄まし顔をしていた。
「まぁ、こっちの方が俺好みやけどな」
「あ、やっぱこっちの方が似合うよなぁ」
何故か満足そうに筑波が笑う。
「適当に言うてるやろ？」
僕が言うと、
「あ、バレた？」
と彼女が返し、二人で笑った。
「なぁ、何か音楽かけようや」
すっかり気を良くしたのか、筑波が足を崩して僕のＴシャツの裾を引っ張る。
「何がいい？」
「何があんの？」
「せやな‥‥」
僕はＣＤラックから何枚かを選んで筑波に見せた。
「あ、うち、このグループ好き」
彼女が選んだのはジャケットに特徴的なイラストが描かれた、３ピースバンドのＣＤ。
「そうなんか？ 俺、こいつらの曲、デビューからずっと買ってんねん」
「あ、ほんまに？ うちこのアルバムからしかわからへん」
「せやったら最初のミニアルバム、聞いてみる？」
僕はラックの下の方から似たようなイラストのＣＤを取り出す。
「あ、聞きたいかも」
「ほんならコレやな」
僕がＣＤコンポのトレイにディスクをセットすると、低いギターサウンドからイントロが流れ出す。聞くべき人間が聞けば、その演奏の質に関してのコメントを聞けるのだろうが、アーティストでない僕には良い、としか言えない。
「‥‥やっぱ、ええなぁ」
彼女は人差し指で膝を叩き、リズムをとっていた。
「俺はな、コイツらの歌詞が好きやねん」
僕はベッドの足に身体を預けたまま、呟くように言った。
「でも、このグループの歌詞って、賛否両論あるやんか？」
そう言う筑波の顔は何かを確信しているように笑っている。
「別に。関係あらへん。俺は好きやねん。わかりにくいけど、それだけ確固たるモノを持ってるような気、するしな」
僕の言葉に、彼女は笑みを深くした。そう言うと思った、そんな声が聞こえてきそうだった。