投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

Mirage
【純愛 恋愛小説】

Mirageの最初へ Mirage 18 Mirage 20 Mirageの最後へ

Mirage〜2nd Emotion〜-5

──無い。

僕の愛用の水色のビニール傘は、どこにも見当たらなかった。どうやら、僕の同類が一足先に持ち去ってしまったらしい。
「何もこんな日にパクらんでもええやんか‥‥ってこんな日やからパクるんやんな」
僕は静かに自分の発言にツッコミを入れると、視線を玄関の外に向けた。相変わらず、雨は降り続いており、止む気配は無い。
僕はふっ、と息を吐き出し、
「ま、しゃぁないか」
と呟き、そのまま雨の中に身を投じた。





学校から駅までは徒歩5分。たしか、3月に読んだ入学案内にはそう書いてあった。
けれど、今の僕には5分は長すぎる。きっと走れば遅くとも2分で行けるだろうが、逆に言えば2分間走り続けるのも長すぎる。
短い葛藤の末、僕は結局、5分間歩くことにした。
降りしきる雨は容赦無い。僕の髪も鞄も制服も、あっという間に水を吸う。
しかし、不思議と僕はそれらを気にはしなかった。何故だかはわからないが、あらゆることに対して寛容な自分がそこにいた。
この雨で、この鬱陶しい胸の支えが流れてしまわないだろうかと、詩的なことを考える自分を嘲笑った、そのときだった。


パシャパシャパシャ‥‥



水が撥ねる音がした。

パシャパシャパシャ‥‥

それはどんどん近づいて来る。

パシャパシャパシャ‥‥

水音が止まった。
「ほんまに風邪、ひいてしまうで?」
おっとりとした、優しい声が僕の鼓膜を震わせる。走って来たせいだろう、息が少し上がっている。
僕は振り返らなかった。
「‥‥やっぱお前はダマせへんかったか」
雨が、止んだような気がした。

たん、たん、たん‥‥。雨音が透明なビニール傘を叩く。そのリズムはどこと無く心地よい。
「何や、傘パクられたんかぁ」
お世辞にも大きいとは言えない傘を、筑波はそっと僕の方へと傾ける。
「けど、他の傘パクらんとこは神崎くんらしいな」
くすくす、と筑波が笑う。
僕はフン、と鼻を鳴らして彼女の顔を見ずに、傘だけを彼女の方へと押し返した。
途中で横切る商店街には日曜日だというのに人影はほとんど無かった。黄色い傘を差し、赤い長靴を履いた小学生ほどの少女が、きょとんとした顔で僕と筑波をその団栗のような瞳で見上げているだけ。それに気付いた筑波が手を振ると、少女はその表情のままで手を振り返した。その光景に、思わず僕の頬の筋肉は緩んだ。
5分の道程を瞬く間に踏破し、駅舎の前で僕は筑波の傘から出た。


Mirageの最初へ Mirage 18 Mirage 20 Mirageの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前