〈嗅ぎ付けた獣達〉-1
まんじりともしないまま夜は明けた。
昨日の強姦魔達から、またも脅迫の電話が来るかも知れないという恐怖に押し潰されそうになりながらも、恭子はいつも通りの振る舞いを崩さなかった。
ピンク色のフリースに身を包み、彩矢と耕二の朝食を済まさせ、そして、彩矢の着替えを手伝った。
『あのねえ、幼稚園ではねえ、彩矢は一人でお着替えしてるんだよ?』
「そう、彩矢は何でも一人で出来るようになってきたもんね?偉いわよぉ」
この幸せな時間は、暗闇に包まれようとしている。
妻であり母である恭子の肉体は、獣の如き男達の手中に堕ちようとしていたのだから。
『さ、彩矢、幼稚園に行くぞ』
耕二はスーツに着替え、彩矢の手を握って階段を降りていった。
また一人になってしまう……。
その恐怖に恭子の表情は強張り、二人の後を縋るように追った。
「あなた…ッ」
切羽詰まったような声に、耕二は振り返った。
「き…気をつけてね……」
『うん…行ってきます』
優しい微笑みで耕二は返し、静かにドアを閉めて出ていった。
言えない。言える訳が無い。
昨日のレイプ事件を遡れば、自ずと不倫にまで辿り着く。
全てを失うと知りながら、其れを自ら告白するというのは、どうしても出来なかった。
と、不意に恭子は、昨日の男達が耕二と彩矢が出ていく様子を伺っているかもしれないと感じ、階段を駆け上って、慌てて窓から外を眺めた。
「……居た…ッ」
外の景色の中に、昨日のミニバンの姿があった。
アパートの前の道路の路肩に、下手くそに止められていた。
何も知らない耕二と彩矢の乗った車は、そのミニバンの直ぐ横を通り過ぎていき、それを確認したかのように、ぞろぞろとミニバンから男達が降り、恭子の自室に向かって駆けてくる様子が見えた。