投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

おはよう!
【純愛 恋愛小説】

おはよう!の最初へ おはよう! 8 おはよう! 10 おはよう!の最後へ

おはよう!-4


どうしても練習場に戻る気になれなかった和音は休憩所のソファに座り込んだままだった。そんな和音の元を松樹優羽が通りかかった。
もちろん彼女が金管の指導者であるため、通りがかるのも顔を合わせるのも当たり前なのだが。

「和音ちゃん、どうしたの?」
「・・いえ、別に・・」

優羽に声をかけられ、意識を向ける。
何故集合時間前にもかかわらず、指導者である優羽がいるのだろうと考えたが、和音の目視界に入ってきた壁時計で一人納得した。
壁時計はすでに練習に入る時間を指している。
あれから、ずっと意識を飛ばしていたようだった。

「・・和音ちゃん、聞いたよ。奏多くんにホルン教えるんだって?」

練習はすでに始まっていてもおかしくないのに、優羽は和音の隣に座った。
優羽が突然隣に座ったことだけでなく、そのセリフにも驚いた和音は言葉を返せなかった。
だがそれで確信へと変わったのか、優羽はクスッと笑う。
言葉使いはさておき、大人の色気を纏う優羽はそれだけで絵になる。笑われたことに和音はバツが悪そうに顔をそむけた。

「ま、丁度良い機会だし、いいんじゃない?」
「・・丁度良い機会ってなんですか」
「さあ、なんだろうねー」

疑問符がつかない和音の問いに、優羽は涼しい顔でごまかした。
和音は意味が分からず、ただ優羽をにらむことしか出来ない。

「とりあえず新しいメンバーが増えるなら良いことだし、和音ちゃんに任せられるなら私もチビ達に集中出来るから助かるよ」
「・・他のメンバーに頼めませんか?」
「無理だと思うよ」

奏多との約束を不意にしそうではあったが、和音としてはこれも本音の一つだ。
それをわかっているのか、いないのかが定かではないが優羽はそれを一言で退ける。
一応、和音としても心のどこかで返ってくる答えを分かっていたようで、和音自身、そこまで落ち込みはしなかった。
ただ、そこまではっきりと言われてしまうと少し堪える気持ちもないわけがない。

「・・どうして」
「まあ、さっきも言ったけど、奏多くんを和音ちゃんに任せられるなら私も助かるし。だけど・・そんなのは小さな理由か」
「・・小さな理由?じゃあ、大きな理由はなんですか」
「奏多くんは、あなたじゃないと意味がないの。あなたが教えて、一緒に舞台に立たないと。」

とても真剣な顔をして言われた言葉に、和音は最初理解ができなかった。
時間が経って、理解できたとしても何とも受入れがたい言葉だった。

「・・なんですか、それ」
「そのままの意味。」

先ほどの表情とは変わって、楽しそうな顔をする優羽に和音は遊ばれたのかと考えた。
だが、その考えは甘いと考え直すことになった。
ソファから立ち上がった優羽に、腕を掴まれて立たされ、練習場のドアを意気揚揚と開けるまでに。

「ちょ、優羽さん!」

和音の言葉なんて聞いていないのか、構わず練習を始めようと楽器の準備をしている奏多の前に連れて行かれる。椅子に座っている奏多は、和音を見上げる形になった。
時間を過ぎても戻ってこない和音を心配していたのか、それとも、優羽に無理やり連れてこられたことに驚いたのか、一瞬目を見開いた奏多だったが、すぐにニヤッと笑った。
そのにやけ顔に、和音はイラッとくるものがあった。

「じゃあ、奏多くん、和音ちゃん。練習始めて。小休憩はこまめにとること、全体休憩はいつも通りだから。」

それじゃあねー。と笑いながら離れたところで準備を始めた金管担当の子供たちのもとへ去っていく優羽を見て、和音は頭を抱えた。

「(やっぱりあの人は楽しんでいるだけじゃないのかな・・)」

はぁ・・と深いため息を吐いた和音は、仕方がないと諦め半分の気持ちで奏多に向き合う。

「・・」
「・・」

二人の間に、沈黙が訪れる。お互いがお互いをチラッと盗み見するだけ。
教えてもらう立場だからか、いつもより緊張しているのか少し力が入っている奏多の手元に輝く金色のホルンを見て、和音は小さく息を吐いた。
人に教えることが久しぶりで、揚句無理やり取り付けさせられた約束の為にホルンと向き合わなければならなくなった和音と、なぜか和音に鼓笛隊に残ってほしいと願って、自分にホルンを教えて、一緒に舞台に立つという約束を作った奏多。
正反対の道を歩む二人が、とんでもない約束の為に交わった。
ずっと気乗りがせず、ため息ばかり吐いていた和音だが無意識だろう、頬に貼られた絆創膏を優しく一撫ですると、

「・・とりあえず、全体休憩まではウォーミングアップとマウスピースの練習だけ。全体休憩終わったら、ホルン本体で音出し。今日はそんな感じだから。」
「・・!」
「勿論、奏多の進行に合わせるから無理する必要はないし、休憩とるタイミングも把握したいから辛くなったら早めに言うこと。良い?」
「あぁ、了解!」

自分が提案したメニューを聞いて、嬉しそうな顔を見た和音は先ほどまでとは違い、ため息の代わりに小さな笑みを零した。




おはよう!の最初へ おはよう! 8 おはよう! 10 おはよう!の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前