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おはよう!
【純愛 恋愛小説】

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おはよう!-5


「・・・」

前言撤回をして、今すぐこの練習に付き合うのを止めたい。
そう内心思いながら、和音はしかめっ面をして椅子に足を組み、座っていた。
和音の正面に座っているのはマウスピースを使ってウォーミングアップをしている奏多。
そう、和音にとってはウォーミングアップ、のはずだった。

「(・・まさか、マウスピースの音が出ないなんて)」

金管楽器を吹くにはマウスピースが欠かせない。
マウスピースとは、震わせた唇に付け、息を流して音を出すことのできる小さな楽器のようなもの。金管楽器はマウスピースが音を出していると言っても過言ではない。
和音は勝手に奏多がマウスピースで音が出るのだと思っていたが、そうではなかったようだ。勿論、初心者でもすぐに音の出る人はいくらでもいる。
だが、奏多の場合、息が通り抜けるだけで、音階どころか何の音にもなっていないのだ。
これは時間がかかるな・・と和音はうんざりした。

「・・奏多、聞きそびれてたけどホルン、もしくは金管の経験は?」
「全く」
「・・・・」

お手上げ、降参、白旗・・は揚げたくないからグレー旗。
和音の頭をそんな言葉がいくつも過ぎる。
別に初心者を教えるのは苦ではない。今までも面倒を見てきた子供達だっている。
だが、この人は和音と約束したのだ。
『和音とフェスティバルの舞台に立つ』と。
フェスティバルは夏。今は三月で次のフェスまで半年を切っている中、この状況。

「(私の卒業云々じゃないでしょ・・これ・・)」

約束してしまった以上、果たさなければ和音のプライドが許さない。
なのにも関わらず、半年もないのにマウスピースの音が出ないという今の現状が夏に間に合うのかという疑念を駆らせる。
溜息をつき、ひとまずしばらくは奏多のマウスピースの練習を黙って見つめる。
先程和音を心配したような、真剣な表情で一生懸命マウスピースを吹き続ける奏多を見て、和音はバズィング(口だけで音を出すこと)を少し変えることに変更しようかと考えた。

「奏多、ちょっと吹き方変えよう。」
「まった、もう少しで出るから」

別の吹き方を提案しようとしたら、奏多が片手でそれを止める。
どうしても、自分のバズィングで吹きたいようだ。
気持ちが分からない訳でもない和音は溜息をついて、再び奏多を見守る。
ちょっとずつ、マウスピースの位置をずらしながら、自分の音が出るバズィングを突き詰める奏多を見て、和音は少し新鮮な気持ちになった。

「(・・私、こんなに苦戦しなかったな・・)」

ふと、心の中でそう思っていた。勿論、和音に悪気も他意もない。
ただ、やはり幼い頃から音楽の才能に溢れていた和音はホルンを始めた時もすぐにマウスピースで音を出し、間もなくすぐにホルン本体の音を奏でた。初めて三日も経たないうちに1オクターブ上の音階まで音が出せるようになり、曲を演奏していた。
それ故、悲しいことに今マウスピースに苦戦している奏多の気持ちが分かるようで、共感が出来ない。それに、マウスピースの音出しに関しては、自分でバズィングのしやすい、音の出しやすい吹き方を見つけることしかやりようがない。どちらにしても、和音の出る幕ではなかった。

「(・・だけど・・)」

何もせず、ただじっと待っているのも飽き飽きした。それに、こんなに苦戦をしているのだから少しでも手伝いたい。

「(・・早く上達してくれないと、私が困るから。それだけ、それだけだから。)」

そう心の中で言い訳をして、自分の楽器ケースからマウスピースと真新しいタオルを取り出した。
タオルを一度畳み直し、自分の膝に乗せてから自分の唇へマウスピースを持っていった。
息を一つ吐いてから、少し多めに息を吸い込み、それを自分の唇につけたマウスピースへ流し込んだ。
何もない真っ白な空間に、一筋の蒼い風を通すような繊細さを持つ綺麗な音が響く。
突然、和音のマウスピースから出された音に奏多が驚いている中、和音は視線で奏多も吹くことを訴える。
慌てて、奏多が和音のマウスピースの音に合わせて音を出そうと息を吹き込む。
だが、和音が一つの息を吹ききるまでに、奏多の音は出なかった。
目に見えて落ち込む奏多を横目で見て、和音は息を吸い込んだ。もう一度音を出そうとしている和音の行動に、奏多は一度目を見開いてから、少し嬉しそうに笑った。
和音が指でタクトを振って音出しを合図する。
それに合わせて、二人のマウスピースから一斉に音が出る。嬉しさのあまり、音を出すのをやめようとしたが、せっかく出た音を止めたくない和音がまたも指で合図を送り、奏多の限界まで音を続けさせる。
やがて、奏多が息を吐ききったところで和音の指のタクトが円を描いて止まった。
ふう・・と息を吐く和音に、奏多は嬉しそうな顔をして、

「和音、音、ちゃんと出たぞ!」
「・・そうだね」
「これで、ホルン吹けるんだろ?」

得意そうに笑う奏多に、和音は呆れた表情を見せる。

「まだに決まってるでしょ・・。ホルンを吹くには全・然、足りないから」
「はー・・?まじかよ・・」

和音の言葉に奏多は口を尖らせ、肩を落とした。
その様子を見て、こんな表情も人に見せるんだなぁとどこか他人事に捉えた。
とりあえず小休憩を提案し、五分休むことにして練習場に掛けてある時計を見て、またもうんざりした。

「・・やっぱり、時間かかるな」

この先どう練習したらフェスに間に合うのだろうか。そんな疑念が変わらずまとわりつく。チラッとスネアの子達と絡む奏多を見る。

「(・・この人はどうして、私と舞台に立つなんて言ったんだろう・・。)」

スネアの子達と年相応に笑い合う奏多を見ながら、和音の中で疑念ばかりが増えていった。



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