迎春。-7
雪二は冷蔵庫の扉を閉めると、興味深そうに優梨の手元を見つめた。
「結構慣れてるね…」
「ええ、母もコーヒーにはうるさくて。小さい頃からスパルタ式で仕込まれたんです」
「お母さん、って事は菱川さんのお姉さんか。そういう家系なんだね」
しばらく後ろからその様子を見た後、あっちに戻ってるね、と言って雪二が去った。優梨は大きく息を吐いて肩の力を抜く。どうやら知らず知らず、緊張していたようだった。
いつもより丁寧に、時間をかけてコーヒーを入れる。
最初は、丁寧だと雪二の事を意識しているみたいで嫌だったので、いつも通りに入れていた。しかしなんだか落ち着かず、結局いつもより丁寧にする事にしたのだ。
「だって、ね……ほら、先輩はお客さんだし……」
一人、言い訳をしながら湯を注ぐ。
『丁寧なのとのろいのは違いますっ』
母の叱る声を思いだして、優梨は思わず苦笑した。
いつもは優しい母が豹変する為、小さい頃はただただ恐怖の対象だったコーヒーだが、今では自分もいっぱしのマニアとなっている。その事が、なんだか可笑しかった。
部屋の中がコーヒーの香りでいっぱいになった頃、三人分のコーヒーが出来上がった。お盆にのせて振り返ると、二人は並んで窓の外を眺めていた。
「桜、まだ咲いてたんですね……」
小さなテーブルにカップ並べ終わった後、優梨も二人の間から窓の下の桜の木を眺めた。
「こっちは北寄りだから。開花するのが遅かったんだよ」
説明する雪二の声を聞きながら、優梨はしばらくその桜を見つめていた。
時折吹く風に、花びら一つ散らさないその桜の木を。