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迎春。
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季春。-1

 頌英大学には、校門の脇に大きな桜の木が一本だけ植えてある。
 昔は並木道を作る程あったそうだが、大学側が前の地主から土地を買う時に、この一本を残して全部伐採してしまった。
 伐採は亡くなった奥さんの遺言だかで、本当は全部切るはずだったのだが、当時の学長が惜しんで切らせなかったそうだ。
 何やらその事に関する有名な話があるそうだが、残念ながら知らない。ふーこならその手の話には詳しそうだから、機会があったら聞いてみるのもいいかもしれない。
「……優梨ちゃん」
 既に葉ばかりの桜の木を見上げていると、不意に声をかけられた。
「どうしたの?」
「…先輩。今来たんですか?」
 先輩――定岡雪二先輩がこちらに向かって歩いて来ていた。
 時刻はお昼を少しまわったところ。私は今日の講義が午後からなのでこの時間に来たが、先輩はいつもなら昼前に来ているはずだ。
「まあね。親の会社に寄って来たから」
 大企業の次男坊である先輩は、たまにこういう事がある。
 先輩はいつもの様に柔らかく微笑みながら、私の隣りに並んで桜の木を見上げた。
「…トコザクラ、って言うんだっけ」
「へぇー、そうなんですか」
「あれ、知らなかった?」
 先輩は軽く目を見開いて私の事を見た。
「……ヨノナカに疎いんで」
「あはは。確かに」
「……………」
 この毒舌が天然なのは、ここ一、二ヶ月で学んだ。しかも、誰もがみとれてしまう様な極上の笑顔で言うんだから、タチが悪い。
「…でも、先輩も大変ですよねぇ」
「ん?」
 構内に向かって並んで歩き始めると、先輩の方を見ながら私はしみじみと呟いた。
「いえ、改めて考えてみると先輩って二重…三重生活じゃありません?」
「三重?そう?」
 先輩はキョトン、とした顔をする。
「えぇ。だって大学では菱川助教授付きの助手の仕事、その他に個人的に経営学について調べていて…そして父親の会社で手伝いと言いつつ結構バリバリ働いてますし」
 聞いた話だと、社長である兄(父親は会長である)の秘書を時たま務めているらしい。海外との取引では、留学経験を生かして数々の商談をまとめているそうだ。
「うーん、でもそんなに大変じゃないよ?助手って言ってもほとんど菱川さんがやってくれるし、経営学のだって単なる趣味の延長だし。 仕事は……まあ神経使うから大変だけど、せいぜい週に一、二回だから」
 さらりと受け流す。
 きっと今の言葉に偽りはないんだろう。必要のない見栄は張らない人だ。
「……てかさ、一番疲れる事からは優梨ちゃんが守ってくれてるしね」
「ま、守るって……」
 なんだか気恥ずかしい。
 けど、一般的に守られる側である女の私が、男性の先輩を『守っている』と言われ、しかも感謝されるのは中々複雑な心境だったりもする。
「だってほら…例えばあのコとか、あっちにいる彼女達とか」
 そんな私の気持ちに気付きもしないで、先輩は話を続ける。
 先輩が話しながら視線をやった方を見ると、こちらを熱く見つめる女子生徒達がいた。
「あの…なんか目、そらされるんですけど」
「はは。だろうね。だって優梨ちゃんコワイから」
「………………」
 今度こそ、顔が引きつった。
 流石の先輩も私の負のオーラに気付いたらしい。


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