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迎春。
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迎春。-6

「…てか、なんですか。そんなに騒ぐ程の事なんですか?
こないだから、あっちもこっちも口を開けば雪二先輩雪二先輩。ちょっと顔が良くて頭がいいからって、はしゃぎ過ぎなんじゃありません?」
 それ以上言うなと、理性が優梨に訴えかける。
 でも、止まらない。あの日味わった気持ちが、優梨の感情を激しく揺さ振る。
 ――頭が良くて顔も綺麗で、スポーツだって得意で。物腰も柔らかくて、何もかも完璧な人。
 入学したての頃、始めて雪二を見た優梨は冗談抜きで彼を『王子様』だと思った。こんな夢みたいな人が現実にいるんだと、胸が騒いだ。
 でも、そんなのは夢に過ぎない。周りが勝手に誇張した姿に過ぎないのだ。
 雪二は優しい。だから期待を裏切らない。
 その優しさに甘えてはいけない。
 決して。
 …決して。
「……とにかく、お引き取り下さい。定岡さんは菱川助教授の助手として来ているのであって、皆さんの為にではありません」
 毅然と言い放つ優梨。
彼女を助けるかのように後ろから雪二の声がした。
「――学長から、注意されているんだ。助手になってくれるのは嬉しいけど、万一講義や他の先生に迷惑をかけるような事があったら、って」
 その場がしーんとする。
 しばらくの沈黙の後、それまで座り込んでいた陽介が口を開いた。
「…僕からも一つね。彼が講義に出る事は多分ないから。基本的に研究室内で勤務して貰います。その際、用も無くここに近づくのは禁止」
 どうしても会いたいなら真面目に勉強して質問を持ってくる様に。
 陽介はそう言うと立ち上がり、自分たちを囲む女子生徒や野次馬たちを追い払った。
「さーて、ここがようやっとの『我が家』だ。ゆっきー入りたまえ」
「……先生、テンション気持ち悪い」
 優梨の凍りつく様なセリフに顔が引きつるも、陽介は雪二に笑顔を向ける。
「あ…それでは失礼させて戴きます」
 陽介に合わせてくれた雪二に笑みを零していると、優梨がギロリと睨みつけてきて、冷や汗が背中を伝った。
「……………や、やぁ」
「…………………」
 何も答えずに研究室の中へ入っていった優梨の後ろ姿を見ながら、陽介は秘かに決意する。
 今日はこれから一日マジメに過ごそう、と。
 普段は叔父と言えど敬語で話す優梨がタメ口、しかも「気持ち悪い」である。先程からの目線の鋭さからして、かなり機嫌が悪いのは明白だ。
 通信教育ではあるが、空手初段の腕前は侮れないのである。


 研究室の中に入ると、優梨は雪二と陽介を応接用(普段は陽介の昼寝用)のソファに座らせて、自分は備え付けの台所に向かった。
「さっきので、喉渇きませんでしたか?今からコーヒー入れようと思うんですけど」
「んー、今の気分はミルクかな。半々のをお願ーい」
 元気のいい陽介の声がする。
 優梨が振り返り雪二にも聞くと、雪二は立ち上がり台所に入って来た。
「僕はそのままでいいよ。ただ、少し薄目の方が好きかな。……へぇー、結構色んな物があるんだね」
 雪二は台所の中を見回すと、感心した様な声をあげた。
「そうですね…私やふーこもよくいますし、毎日学食って言うのも飽きるんで」
 傍に置いてある冷蔵庫の中を面白そうに覗く雪二を気にしながら、優梨は木製の食器棚からコーヒー缶を取り出した。
「ふーん、豆からちゃんと挽くんだ……」
 コーヒーは飲む直前に豆を挽くべきだ、というのが陽介の信条なので、研究室には常にコーヒー豆が置いてある。勿論、専用の器械もちゃんと揃えてある。


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