〈愚者達の夜〉-5
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「お母さん、私、部活辞めようと思うの」
その少女は、夜遅くに帰宅した母親に思っていた事を告げた。
既に時刻は零時を回り、日付も変わっている。
少し疲れたような表情をしていた母親は、娘の言葉に胸を締め付けられ、しかし、優しく言葉を返した。
『駄目よ、咲良。好きで始めたんでしょ?』
「でも……お母さん一人じゃお店大変でしょ?」
あの美少女の名前は宮森咲良といい、まだ16才の高校生である。
ラーメン屋は父親が開業し、それから母親と二人で営んでいたのだが、数年前に父親が他界してからは母親一人で切り盛りしていた。
朝は早く夜は遅い辛い仕事……その母親の姿を見てきた咲良は、少しでも力になりたいと自発的に手伝うようになり、今に至る。
「学校終わって直ぐに手伝えたら、お母さんも少しは楽でしょ?私、あのお店が好きなの」
『……咲良……』
宮森家の稼ぎの全ては、あのラーメン屋で賄われている。
母親は授業料や生活費に当てる為、毎日必死に働いていた。
その責任の重さを決して見せまいとする母親の姿を、咲良は胸を痛ませて見ていた。
甘えてはいられない。
裕福ではないから故に、咲良は自立した心を持ち、母親を支えようという思いを抱いていたのだ。
『そう思ってくれてたなんて、お母さん嬉しいわよ?でも、咲良が好きな事もしないで、あのお店で手伝うのを見るのはお母さんは辛いなあ……今まで通り、部活が終わってからお店に来て……それだけでも充分助かってるわ……』
「……分かった……我が儘言ってごめんね?」
互いに思いあう幸せな時間は、静かに流れていった。
遅くとも数時間後には店の準備を始めねばならず、其れは待ってはくれない。
母娘は布団を並べ、安らかな寝息を発てた……悪鬼の足音は、まだ咲良の耳には届かない……。