呪縛の眼 ★-1
「えりちゃん…… 」
自分に対する呼びかけ方が変わった事に、恵利子は戸惑いにも似た感覚を覚え始めていた。
きっと感情の高ぶりから来る“ゆらぎ”のようなもの…… そう自身に言い聞かせる。
それでもその“ニュアンス”ゆえに、恵利子の記憶は思い出さざろうえない人物が脳裏に浮かぶ。
それは磯崎恵利子にとって暗闇の記憶…… その人物は恵利子にとって、叔父にあたる存在。
母である磯崎香の歳の離れた弟…… その年齢差から当初は叔父と言うより、“兄”のような感覚だったと思われた。
実際七つ歳の離れた“兄”はとても優しく恵利子に接してくれていた。
しかし恵利子を見る優しいはずの“兄”の目が、徐々にではあるが変わりはじめてくる。
《人の目は欲する物を自然と追い求める 》
幼い時より本を読む事が好きだった恵利子は、そんな文言をふと思い出すのである。
自身の太腿狭間より顔を上げた一文の口元が妖しく濡れ、恵利子を見つめる瞳が不思議と忘れたい人物と重なりはじめる。
(そんな事あるはずないよ。今日のわたし、どうかしてる。きっと、寝不足のせい……)
そう自分に言い聞かせると、再び一文の“先端”を受容れるのである。
「あぁっ」
先程より一回り以上太く感じられる先端が、膣深くまで潜り込んでくると、潜む情念そのままに滾る欲望が貪りはじめる。
ほんの数分前に、あっけなく“はじけて”しまったモノと思えない程に……
恵利子は躊躇い戸惑い確認する勇気を持てなかった。
(もしも叔父と不易くんが同じ目をしていたら…… )
陰茎を膣深く受容れた今、恵利子はその恐怖から逃れる様に、大きな瞳を閉じ一文の背に両腕をまわす。
そして頬を埋めその身を委ねるのである。
キシキシっと音をたて、二人が重なるシングルベットが揺れる。
同時に千章流行より“悦び”を刻み込まれた膣孔から、《ミシリっ ミシリっ》と軋む音が伝わってくる。
(あのひとより…… も でも、何かが…… う、ううん、全然違う)
直線的な激しい腰使いに、身を固くし有らぬ方向に想いを馳せる。
「えっ、えりちゃん」
想い起したくないニュアンスと共に、再び大量の欲望が恵利子に注ぎ込まれる。
その夥しい量は膣内にそれと感じられる膨らみを感じさせる。
射精と共に一文の意識が薄れ、内に潜む異なる意識が浸食をはじめて行く。
(ごめん、磯崎さん…… “僕”は、もう…… )
本来の一文が最後の気力を振り絞り、悲しげに想いを寄せ続けた少女へ別れを告げる。
磯崎さん“僕”は……
君が憂い、君を苛ませる根源を断ち切りたかった。
僕の手で、君を解放してあげたかった。
僕に…… 微かに宿りし“奇跡”を……
君へ……
時は、不易一文の高校入学直前に遡る。
それは…… 不易一文にとって運命の選択。
2006年 5月X日
某癌センター ナースステーションにて
ナースA 「ねえ、そう言えばあの男の子、どうして急に延命治療止めたのかしら? 高校受験の合否判定だけ確認したら、治療に専念するって聞いていたけど…… 」
ナースB 「何でも急に、高校に行きたくなったって話よ」
ナースA 「でも、その高校って、平凡な私立校のほうでしょ? ダメ元で好きな子と同じ進学校受験して、その結果だけ知りたいって話だったけど」
ナースB 「それが何と好きな子が、その進学校受験に失敗して…… お互い滑り止めで受けた私立校に、偶然入学出来たらしいのよ!」
ナースA 「え〜!!! 何か、ロマンチックねえ〜 」
ナースB 「何、不謹慎な事言ってるのよ! その男の子、治療しなければ持ち堪えても今年いっぱい…… 」
ナースF 「はい、はい、おしゃべりはそのへんにして…… 」
再び時は戻り……
コンドームを外す気恥ずかしさ?から、不易一文と呼ばれた少年は背を向けたまま願うのである。
「えりちゃん、お願いがあるんだ。おっ…… 僕はきみの全てを知りたい。だから……」
その目的が聡られぬよう言葉を続ける少年…… その眼には異なる邪念が巣食っていた。
それこそが恵利子の畏れていた存在…… 亡くなったはずの“叔父”に他ならなかった。
その瞳は穢れ濁りながらも、欲し求め続けた対象を映し妖しい炎が揺らめいていた。
つづく