居候-9
(8)
それからも相変わらずの日々が続いた。
村瀬の奉仕は石渡には事務的な冷淡さをもってのみ受け入れられていた。時には気まぐれのように朗らかな笑顔が見られることもあったが、それは長く続くことはなかった。
師走に入ると早々、村瀬は石渡をアルバイトに誘った。夏の頃の陽気な関係に戻るかもしれないと小さな期待を抱いたのだった。しかし、石渡は故郷へ帰ると言った。
「もう帰るのか?」
授業もまだ残っているはずだ。
「暮れは何かと忙しいしな……」
「暮れといっても、まだ十二月に入ったばかりなのに」
「いろいろあるんだよ、田舎には」
「いろいろって?」
石渡はきっとした目を向けた。
「餅つきとか……」
村瀬は、そんなに早く餅をつくのか、と言おうとして口を噤んだ。視線を故意に逸らせて悠然としているその顔に底意地の悪さを感じた。
そうして石渡は翌日には帰ってしまった。バッグに荷物を詰めながら、石渡は終始無言だった。部屋を出る時、村瀬は返事を期待せずに訊いた。
「いつ頃出てくる?」
案の定、彼は振り向きもせず、
「さあ……」
ドアを半分開けたまま出て行った。
村瀬は十二月の大半をアルバイトで過ごした。石渡が当分戻らないとわかっていても彼のアパートにいた。こまめに掃除をしてガラスも磨き、流しもクレンザーでピカピカにした。いったい自分は何をしているのだろう。時に心が沈みかけたが思考を振り払ってただ一心で部屋をきれいにした。
月末に帰省し、年明けの二日には家を出た。石渡の故郷の町を目指したのである。
その町I市は東北地方でも西寄りにある。雪国のイメージはない。それでも今頃は銀世界かもしれない。
いったん東京まで出た。上野を昼頃の急行で発てば夕方には着く。
駅構内は暮れの混雑が去って、どこかのんびりとした正月風景がそこここに見られた。着物姿の娘たちの楽しそうな笑顔、スキー客のグループ、家族づれも皆、笑顔ばかりである。
列車内も割合空いていて、客の多くは休暇を利用しての観光客と思われた。
車内にはまだ暖房が行き渡っておらず、開け放たれたドアから冬の風が吹きこんでいた。
座席にうずくまるとコートの襟を立てた。じっとしていると足元から温風が流れてきて少しずつ温かさがしみてくる。
村瀬は目を閉じて自分と石渡が出会う場面を思い浮かべた。
『急に旅行したくなってね。気まぐれさ』
彼はそう言って笑い掛けるはずの自分に自然さをもたせようと努めた。
『ついでだったから、寄ってみたんだ』
石渡はどんな顔をするだろう。やはり不機嫌な顔を見せるだろうか。
『手紙を持ってきたんだ』
それは旅行社の女からのもので、石渡が帰ってほどなく届いたものだった。中を見たかったが開封することはできない。
『ついでだったから、持ってきたよ……』
迷惑がるだろうか。
『少し飲まないか?金はあるんだ、奢るよ』
石渡だって酒は好きなのだ。それに遠くから訪ねてきたのだから無碍にはしないだろう。
列車が動き出すと、ざわめいていた車内は一定の方向へ向かうように静かになっていった。
どれくらい経ったのか、いつの間にか眠っていた。
波のような音をきいて彼は目を覚ました。スキーを担いだ若者たちが出口に向って歩いていた。波の音にきこえたのは彼らの動きや会話などのざわめきであった。
外を見ると白く輝いた山々が遥か遠方にのぞめたが、それはあまりに遠すぎてここからスキー場に行くということがピンとこなかった。時刻表を調べるとあと一時間ほどでI市である。
薄暗くなった頃、I駅に着いた。東北では大都市といえる規模であるが、東京に比べるとやはり地方のたたずまいでしかない。それに正月のせいか街は人通りもすくない。冷え込んだ空気はさすがに厳しさを感じたが、予想外に雪はまったく積っていなかった。