B-9
陽向はあの時、何度か絶頂を迎えていたようだった。
何度も身体が震えていた事を、ぼんやりした頭でも覚えている。
グッタリしながら後処理をしていた時も「ね…大丈夫?」とうわ言のように呟いていた。
陽向がセックスの後にグッタリしてしまうのはいつものことで、今まで自分がなんやかんやとやっていたが、こんな展開になってしまうとどうも調子が狂う。
と、いうのも、終わった後に後処理が苦痛と思うほど体力を消耗してしまっている自分がいけないのだが。
やはり、陽向の言うとおりやめておけば良かったのだろうか……。
でも…。
湊は再びヒーヒー言いながら後処理を終え、グッタリしてしまった陽向の隣に寝そべった。
「ひな…ありがと」
「ん…」
陽向は目を閉じたまま湊の胸に頬を寄せた。
湊は陽向をきつく抱き締め、睡魔に素直に従った。
目を覚ましたのは午後3時。
湊はスヤスヤ眠る陽向のおでこに優しくキスをした。
…自分の過ちを償うように。
「ぁ……」
「ひな…」
「ん……」
「ごめんな…」
「んん…」
湊は腕の中で眠る愛おしいその身体を慈しむように抱き締めた。
嫌な思いをさせてしまったかもしれない。
欲望を満たした今、罪悪感だけがのしかかる。
「陽向…」
「なぁに…」
「…痛かった?」
「ん…少し…」
陽向は目を閉じながら微笑んだ。
「ごめんな…」
「…らしくないね」
陽向は湊の身体を抱き締めて「すき」と呟いた。
その言葉に、どうしようもないくらい、心臓が痛くなる。
「陽向…」
「ん…?」
「大好き…」
陽向はウトウトしながら湊の頬まで顔を合わせて、すり寄った。
「あたしも……」
眠たそうな声でそう囁く。
そう言われた事が、どれだけ幸福なことか、陽向は知らないんだろうな。
「湊…大好き……」
語尾も聞き取れないくらいの小さな声でそう言った陽向を、優しく抱き締める。
ごめんな、陽向……そして、ありがとう…愛してる。
「お前しか、愛せない」
この言葉は、陽向に届いてるかな…。
体調も大分良くなった。
完全に覚醒するまで、布団の中でゴロゴロしていた。
陽向はずっと自分の腕にしがみつき、起き上がろうとする度「どこ行くの?」と寝起きの掠れた声で言っていた。
「お茶飲ませて」
「まだ具合悪いの?」
「良くなったっつったろ。ふつーに飲み物飲みたいだけ」
「…そっか」
陽向はそう言うと、湊の後をついてリビングへ向かった。
テレビのリモコンを手に取り、お昼の番組をボーッと見る。
隣に湊がドサリと座り込むと、陽向は「なんか…やつれた?」と心配そうな顔で覗き込んだ。
「ちゃんとご飯食べてる?」
「…まーな」
先日、未央が勝手にこの家に上がり込んで来たことを思い出す。
勝手に上がり込んで、勝手に料理して…。
そして、このソファーで…。
「…湊?」
「あ?」
「ボーッとしてるよ。やっぱり、まだ具合悪いんじゃ…」
「悪くねーっつってんだろ!」
モヤモヤしているせいで、つい怒鳴ってしまった。
びっくりした陽向の顔を見て、冷静になる。
「…ごめん」
「…疲れてるんだね。ゆっくり休んで」
陽向は湊を抱きしめて小さな手で背中を撫でた。
自分の一挙一動が、嫌いでたまらない。
疲れてるとか、未央のこととか、モヤモヤしているなんて事を理由にして感情的になるなんて情けなさすぎる。
それに、欲望のままに動いた自分も…。
陽向は会わない間にどんどんオトナになっていっている。
自分もそうならなきゃいけないのに、心に、環境にポツポツと穴を開けられ、遠回りしても辿り着けない。
むしろ、空回りばかりだ。
俺はいつまでお前に頼りっぱなしなのかな?…陽向。