B-6
「…なに」
「なにって…大丈夫かなーと思って来ちゃいました…!」
来ちゃいましたじゃねーよ、と思いながらため息をつく。
「帰れよ」
「五十嵐さん…ご飯食べてますか?なんか、すごいやつれてる気がする…」
「食う気しねーし、寝てばっかだよ」
玄関先で会話を続ける。
だんだん、だるくなってきた。
上の空で会話する。
「食べてないなら…」
未央はそう言って玄関に入り込んだ。
「ちょ…」
「作ってあげます」
ニッと笑ったあどけないその笑顔にちょっとキュンとなる自分がいた。
湊は心の中で自分を殴った。
未央がキッチンで何かをしている。
湊はソファーで横になり、黙って目を閉じていた。
なんだこの展開。
なんでうちに来て楽しそうに料理してんだよ。
意味わかんねー…。
再び頭を掻いた湊の前に湯気の立った何かが置かれた。
「はい、お粥」
「ん…」
のそのそと起き上がって素直にスプーンを手に取る自分が、なんだか許せない。
そんな気持ちとは裏腹に、空きっ腹にお粥を流し込む。
「うま…」
「ホント?よかったー」
未央にキッチンをやらせても良いという理由がなんとなく分かった気がする…。
一口、味わうように少量のお粥を口に入れる。
塩っ気に似た甘い味…。
なんだろう?
「すげーウマい。何これ。何入れてんの?」
「あははっ!具合悪いのに、料理の話?…五十嵐さんって意外と真面目なんですか?」
未央が爆笑する。
「具合悪くても、仕事の事考えられる人ってそうそういないですよ」
おっとりとした声で未央は呟き、湊の両肩に手を添えた。
ソファーに押し倒される。
具合が悪いのと、未央の急な行動に湊は硬直した。
…なにしてんの?こいつ。
「早く良くなって下さい。待ってます」
そのまま未央に抱きしめられる。
飛ばされかけていた理性が舞い戻ってくる。
「…っざけんな!」
湊はキレて未央を突き飛ばした。
「ふざけんじゃねーよ…」
「…ふざけてないです」
「つーか…うち来るとかありえねーし、なんなの?」
「だって…五十嵐さんのことが心配だったから…」
「心配だからってここ来る必要ある?」
湊は床に置いてある未央のバッグを手に取り、押し付けた。
「マジで…帰ってくんない?」
息を切らして未央を玄関に追いやる。
一気に具合が悪くなってきた。
…薬が切れてきたかな。
「ホント…マジで…」
湊は震える身体で未央を玄関の外に追いやった。
鍵を閉める。
最後に見た未央の顔は、悲しそうな顔だった。
「…と」
「んぁ…」
「…なと」
「んんーっ……」
「みなとっ!」
「ぁう…」
両方のほっぺたをつままれる。
力ない感触。
知っている匂い。
湊は目を開けられず、そのまま手を辿って肩と思われる場所へ…そして、頬と思われる場所へと手を添わせた。
…柔らかい。
「あ……ひな…た…」
そのまま抱き締める。
その人は何も言わず、自分を包んでくれた。
髪を撫でられる。
大好きな匂いに包まれ、心穏やかになる。
「無理しすぎだよ…」
陽向の声…?
「湊…」
この声は…紛れもなく陽向の声だ……このクセのある掠れた高い声。
「合鍵持ってて良かった」
それが最後に聞いた声だった。