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プラネタリウム
【ラブコメ 官能小説】

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A-1

「5階、東病棟」
周りがざわつく。
「風間陽向さん」
「はいっ」
立ち上がると、自分の他に5人の名前が呼ばれその人達も立ち上がる。
「これから、そのメンバーが同じ病棟の同期です。辛いことも、楽しいことも、共に乗り切っていくメンバーですよ」
看護部長の優しい口調を遠くに聞きながら、メンバーを見渡す。
その中に1人、ニヤニヤしている顔。
水嶋楓だ。
陽向はドキドキしながらも、楓をチラッと見て笑った。

今日は新人研修3日目。
風間陽向は今年の4月、晴れて都内の大学病院に就職することとなった。
「ひなー!同じ病棟でよかったね」
「うん!ホントよかった!楓と一緒だからちょー心強い!」
帰りのバスの車内で2人で興奮する。
不安だらけの生活も、楓と一緒ならなんとかなりそうだ。
2人が配属されたのは循環器・心臓外科病棟。
院内で最も忙しいと言われているいわゆる『帰れない病棟』。
忙し過ぎて残業なんて当たり前。
先輩より先に帰ろうと言おう者がいれば白い目で見られるのだ。
陽向が循環器を選んだのは、実習で一番楽しかったし、興味を持ったからだ。
術後の患者さんと一緒にリハビリをし、どんどん良くなっていく過程を見て自分も頑張ろうと思えたのだ。
実習が楽しかったからというのは安易な考えかもしれないが、これからは5階の東病棟で1人のナースとして温かい看護がしたいと本気で思っている。
が、その考えもすぐに打ち砕かれるとは、陽向の頭には過ぎりもしなかった。

4月19日、病棟のオリエンテーションも終わり、ついに受け持ちがスタート。
青、緑、オレンジとチーム分けがされており、陽向はオレンジチームに配属された。
プリセプターの進藤真紀に「1人の情報が取れる時間に来て。あと、申し送りの10分前くらいに少し話す時間ほしいから、それ考えた時間に来て」と言われたため、陽向は早起きして7時半に病棟に向かった。
椅子に腰掛け、電子カルテを開く。
初めての受け持ちは心不全の患者さんだ。
呼吸苦を主訴に来院し、レントゲンを撮ってみたらかなりの肺うっ血、全身の浮腫著明、心不全の診断で入院。
入院後は利尿剤投与と酸素投与により状態は改善し、HCUからここの病棟に転入してきた。
今は状態も落ち着いており、昨日酸素投与は終了したようだ。
と、いうところまでの情報をとるのに1時間もかかってしまった。
これから7人も8人も受け持つ日が来るというのに、こんなんでやっていけるのだろうか…。
おびただしい指示をバカ丁寧にメモり、てんやわんやしながら先輩のところへ向かう。
「おはよう。情報取れた?」
「あ、おはようございます。えっと…あ、ハイ…なんとなく…」
進藤は間を置いた後「なんとなくじゃ困るんだけどね。ま、いーや。今日の予定教えて」と言った。
その言葉に不快感を感じる余裕もなく、陽向は進藤に何時に何をするとバカ丁寧に伝えた。
「えと…。10時に清拭して、歩行練習して…」
「この人なんで歩行練習してるの?」
「へ?!」
「どれくらい歩くの?」
「あー…病棟2周くらい?ですか?」
「なんで?」
「記録で、毎日2周歩いてたので…」
「じゃあこの先も2周でいいんだ?」
「あ…それは……その…」
ガンガン責められると怖気づいてしまう。
怖いこの人。
「もう送りの時間だから。終わったらまた話そう」
「はい…」
8時半になり、全体の申し送りが始まる。
重症患者のことや、行動に注意しなければならない患者の申し送りをされ、夜勤から引き継ぐ。
「2号室の原さんだけど…あ、受け持ち1年生?」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「うんとね、原さんは落ち着いてる。特に送ることはないかなー。あ、そーだ。夜はサスがあるみたいで一過性にサチュレーション下がるんだよねぇー」
「サスガ…?」
「なに?わかんないの?調べといてよー」
「はいっ」
なんだよ、サスガって…。
10分程度の送りを終えて、進藤に「大丈夫?」と言われる。
「だ、大丈夫です…」
「さっきの続きだけど」
「はい」
「この人の記録ちゃんと見た?」
「見ました」
「ホントかなー」
進藤がニヤニヤしながらチームのパソコンで原さんのカルテを開く。
5日くらい前の記録に自宅環境のことが書かれていた。
「この人、もともと日常生活は自立してた人でしょ?」
原さんは一人暮らしで、身の回りのことは全て自分でやっていた。
スーパーにだって歩いて行っていたみたいだ。
「こんなに歩けてた人が今、こんな狭い病棟2周歩いてるだけで本当に帰れると思う?」
「思わないです…」
「じゃあ風間さんはどうしてあげればいいの?」
「もっと歩ける距離をのばす…?」
「簡単に言っちゃえばそーだけどさ…。入院してからずっとベッドの上で生活してた人がそんなすぐに5周も6周も歩けるわけないよね?年も88歳だし」
「……」
じゃあどーすればいーの!
それを聞きたいけど、言えるはずがない。
「まぁ…この人リハビリ介入もしてないし、リハビリさんに依頼するか、もしこれ以上ADL上がらないようなら社会資源も考えていかなくちゃいけないよね」
「…ハイ」
そんなとこまで考えられなかった。
自分ダメだな、と悲しくなる。
「そーゆーとこまで考えられるといーね、追い追い。今はとりあえず病態の勉強だからさ。あ、ところでレントゲン見た?」
「え?!あ、み、見てないです!」
進藤の目が見開かれる。
とんでもない!とでもいうような目だ。
ナチュラルメイクでも十分に大きなその目で睨まれる。
「すいません…」
「時間ないから、ラウンド行くよ」
あぁ、絶対怒られる。
陽向は心の中で溜息をついて進藤の背中を追った。


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