鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 4.-5
友梨乃はディルドの先端を脚の狭間に押し当て、力を込めて先端を埋めた。苦しいほど大きく中が広がっていくが、さっきまで漏らしていた粘液が滑らかに中へ張形を導いたまでで、動かしてもただ擦れているのみだった。むしろ火照りが萎えていく。陽太郎と付き合い始めてから何度も自慰を行ってきた。言い訳をしながらディルドを体に埋め、絶頂に至るまでかき回していた。だが陽太郎を強く思うのに反比例して、ディルドを体に沈める悦びが萎んでいった。
そんな筈はないと友梨乃は懸命に陽太郎を思い出した。体を貫いている異物に陽太郎を重ねて、彼に愛された時のことを想像した。陽太郎が覆いかぶさってきて、男らしく自分を貫いてくれている姿。映像が浮かんでくるだけで、まるで人形劇を見ているように現実感が巻き起こってこない。友梨乃はもう一度、この前陽太郎の部屋に行った時のことを思い出した。また新しい服を買って、見事に着こなしている。化粧も愈々麗しい。フェイクレザーのフレアスカートから屹立した男茎を強く握って上下させると、実を悶えさせて声をあげる……。
本当は気づいていた。お互いを慰め合っている時、友梨乃の好きな女の姿で身悶えながら、陽太郎は射精寸前に朦朧と魘される中で心まで女になってしまっている。友梨乃を呼んで「イカせて」と舌足らずな言葉で繰り返し、最後は高く甘い声を上げてコンドームの中に白い粘液を噴射する。その姿を見ていると、自分も陽太郎の指に熔かされそうになって強く締め付けて自分の手で絶頂を迎えている陽太郎の姿のあまりの可愛らしさに愛しさを感じつつも、一方で拭いがたい不徳義が垂れこめた。早くしなければ。自分が本物の女になるよりも早く、陽太郎が偽物の女になってしまうのではないかという懸念が友梨乃の体を火照りから冷めさせていく。
労働法規がある以上、社員でも開店から閉店まで務めるほか、午前だけ、午後だけというシフトもある。デートをしよう、と言い出したのは友梨乃のほうだった。
友梨乃が期待していたとおり、部屋に行くと、お互い膝を折って立てた脚を開き向かい合わせに座って唇をはみ合っていた。唇が触れる度に身体が震える。
「このカッコで、ですか……」
「ううん、陽太郎くんはいつものカッコでいい」
「どこか行きたいところあるんです?」
「ううん……。陽太郎くんと一緒にいたいだけ」
キスを合間に話した。外出は男の姿のままでいいと言う。陽太郎が背を抱き寄せて髪を撫で、深く舌を差し込むと、友梨乃は奥まで届くように口内を拡げて唾液を滴らせた。陽太郎は深いキスをしながら、女装をして友梨乃とデートする期待を一瞬でも抱いた自分に戦慄を覚えていた。暗がりの早稲田通りではない、白昼人混みの中を友梨乃とともに歩く。その想像は陽太郎の下半身へ欲情を澱ませてくる。
陽太郎は毎日のように女の姿になり、コンビニやドラッグストア、DVDレンタルの店に赴き、人々の視線を集め興奮を体に充満させて帰ってきていた。家に入ると居ても立ってもいられなくなって、締め付けられている男茎を外気に開放すると、夥しい精液を爆発させていた。
「……きっと、もうすぐ、なれる……、と思うんだ」
友梨乃は陽太郎の耳元で囁いた。
陽太郎は普段ふと我に返って、友梨乃を真に自分の恋人にするために始めた女装が、自分の興奮と情欲を満たすための手段になってしまっている自分が厭わしくなっていた。クローゼットのハンガーパイプは女物の衣装が並んで相当な幅を占めている。ネットショップを眺める時も思わず「レディース」をクリックしてしまう。女の姿になって、友梨乃と交わる想像をしながらしていた自慰も、気づけば最後まで友梨乃が登場せずに終わることさえある。
そして遂に昨日は夜の散歩中に軽そうな男に声をかけられた。自分と同じ歳か少し上くらいだろうか。ひょっとしたら自分と同じ大学の男かも知れない。軽い調子でヒマなら飲みに行きませんかと誘われた。男がヘラヘラとした笑顔を見せながらも、時折カーディガンの胸の膨らみやミニスカートから覗く薄布に包まれた脚へ目線を向けてきているのが分かった。
(いつも、俺も無意識に見てんの、バレてたんやろなぁ……)
友梨乃と出会うまでは、東京で女の子に出会う度にその容姿の要所々々に一瞥をくれて値踏みしていたのを思い出す。そんな下衆で不躾な目線は女の子たちにはバレバレなのだろう。嫌な気分になっている子も多いかもしれない。
だが声をかけられた陽太郎の胸中には妖しい嬉しさが渦巻いてきた。これまで自分が女の子を見るや、ヤレるかヤレないか、と考えてきたのと同じだ。ヤレるし、ヤレるならヤリたいから声をかけてきたのだ。何の疑いもなく自分を誘ってきている男へニヤケ顔を漏らしそうになって意図的に冷たい表情を作った。声を発するわけにはいかないから、ツンとしたまま完全無視で歩き去る。すると背中から、
「ちょっとイケてるからって、高く止まってんじゃねぇよ!」
と捨て台詞が聞こえてきた。