鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 4.-2
「智恵……。おめーよ、コーヒー屋、辞めてくれよ」
内部を激しく抉り回される中、ずっと遠くから恋人の声が聞こえてくる。
いやや。やっと、マトモな仕事してんのに。
動画投稿サイトで知ったインディーズのメタルバンドのライブがあるというので聴きに行った。ライブというものは、その音楽が好きな者どうしで行かなければ楽しくないから、友梨乃は誘わず一人で行った。そこでナンパされた。なんでこーいうチンピラっぽいヤツばっかにモテるんやろうなぁ、と内心自嘲しながらも、タンクトップ姿で筋肉質な上腕を見せつけて体躯の良さを誇っていたし、そのバンドのメンバーが後輩で打ち上げに連れて行ってくれると言ったから、誘われるがままに追いて行ってしまった。そしてメタルの話題で盛り上がりながら痛飲し、気がつけば男とラブホテルに入っていた。ライブハウスで声をかけてきた時に感じていた印象のとおり、全裸になった男の体は隆々としており、智恵は激しく何度も抱かれた。何と言っても、一年以上友梨乃とディルドだけで慰めていた体に、匹敵する質量の生身の男茎で串刺しにされて下肢が壊れるかと思うほど打突された快感は、久々だけに鮮やかに智恵に男の体を思い出させた。目眩く絶頂の中、恋人にしてくれ、と言ってしまっていた。
友梨乃には彼氏ができたと言ったが、この男にとって女が一人ではない、自分は一番目ではないことは何度も会うようになってすぐに気づいていた。何番目かわからないし、男は通じている女達に何番目か順位をつけるつもりもないようだった。度々智恵は怒って、バカにすんなや、と自分を一番に、自分だけにするように訴えたが、曖昧な返事のあと前後不覚になるまで抱かれることでいつもウヤムヤにされた。やがて遊び女として扱われている鬱憤を友梨乃に向けて晴らそうとしてしまうようになった。しかし涙に濡れる友梨乃を見ていると嗜虐に体はひととき潤ったが、決して心は満たされなかった。
十三歳の時、相場以上の金をもらってホテルに行った醜男に、破瓜の痛みの中、避妊なしで不浄の体液を直接胎内に浴びせられると妊娠してしまった。男の連絡先など知らなかったから、暴走族の先輩を頼って何とか堕胎を果たしたが、そのせいで暴走族が主導する援交ビジネスや美人局をやらされることになった。殆ど学校には行かず、気がつけば卒業したことになっていた。周りの女よりも華やいで美しい外見だったから、歳を偽ってキャバクラで働き、ときどきアフターで小遣い稼ぎをした。やがて「用心棒」として店に出入りしていた準構成員の男と付き合うようになったが、金にだらしない男で、バカラ賭博で作った闇金の借金を残して行方をくらますと、それを全て背負う羽目になった。キャバクラだけでなく、マンションヘルスでも働かされることになったが、来る客来る客が寒気のするような汚らしい変態男たちで、隙さえあれば本番行為を要求してくる。何とか断っていた智恵だったが、或る日ヘルスの運営を取り仕切る男から、今日から部屋に入ってくる客がスロットマシーンのメダルを持っていたら、そいつとは本番をやれ、一枚一発だ、と言われた。一日の間に三人ものメダルを持った見ず知らずの男が入ってきて、衛生的とはとても言えぬ寝台の上で立て続けに犯されると、智恵はその日のうちに大阪を逃げ出した。
純朴そうな女が虚ろな顔で男に声をかけられているのを見て、最初は、ざまあみろ、自分と同じように何もかも失ってしまえばいいんだ、と思った。だが引き続き様子を眺めていると、女は光を失った瞳で、まるで男が見えていないかのように呆然としていた。眺めているうち、あれは自分だ、と思った。よく見ればいかにも育ちがよさそうで、清楚な美しさがあり、これまで常に自分の対極の世界にいた女だった。だが自分と同じ顔つきをしている。自分が生きている場所そのものが不幸なのだと思っていたのに、羨み、恨んでいた幸せの彼方に住んでいたはずの女も、まさに今、自分と同じように生きる苦しみに見舞われている。そう考えているうち、無意識に体が動き、女の隣に座ると悪い虫を追っ払っていた。
友梨乃と暮らすようになって、朝起きて働き、夜帰って眠る、そんな生活が始まった。休暇は不規則だが、まともな社会人だ、と思った。その生活を維持するために、営利とサービスの質を考え、店の規律を守って働いていると、会社はそれに応じた評価してくれた。収入はキャバクラやヘルスをやっていた時に比べて減ったが、手元に残る金は多かった。何より他愛もないテレビの話や仕事の愚痴を話せる相手が常に近くにいる。友梨乃は自分を信頼し、やがてそれが愛情であると吐露すると、恋慕を溢れさせて縋り付いてきた。女どうし密室で体を絡め合っていても、友梨乃が求めてきているのは畢竟、金や体ではない、智恵そのものだった。あどけないとまで思える程の無垢な友梨乃が自分を必死に求めてきている、それが大阪にいた時には考えられなかった、今の自分にとっての最高の幸せだと思った。