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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵
【フェチ/マニア 官能小説】

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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 1.-3

「……はい。そのとおりです。研修を受けたといっても、きちんと用語の通りに憶えてる人は、あまりいないと思います」
 ホメられたんか? 表情一つ変えず言う女の言葉の意味がよくわからないまま、陽太郎は付き従ってフロア内を回った。昼過ぎとはいえ、フロアの半分の座席は客が埋まっていたから、客の迷惑にならないように小声で話す。
「アルバイトさんの早番、遅番、どちらも休憩は1時間です。更衣室に椅子がありましたよね。飲食もかまいません。煙草は吸いますか?」
「いいえ、吸いません」
「じゃ、念の為の注意ですが、業務中は喫煙は禁止です。それは休憩中もです。さっき飲食OKと言いましたが、臭いがキツい食べ物も避けてください」
「はい」
 ひと通り店内を回って、
「……わからないことがあったら、私に聞いてください。フロアキーパーは或る意味お客様に一番近い場所で業務を行うので、お客様に声を掛けられることも多いですから。何か質問はありますか?」
「いえ、だいじょう……、あ、トイレに行きたくなったらどうしたらいいですか」
「この店舗はスタッフ用のトイレがありますから、そこを利用してください。ですが、なるべく休憩中に済ますようにしてください。同時に二人以上がいなくならないように、他のスタッフが店内に居る時にして、近くにスタッフが居る時は『よんばん行きます』と言ってからにしてください」
「よんばん?」
「はい。お客様の前で、トイレ、とか直接言わないようにしてください。他には?」
 何かややこしいな、と思いながら陽太郎は、大丈夫です、と言った。
 初日だったが、高校生の時にサンドイッチのファーストフード店のバイトをやっていたから、店舗スタッフとしての業務はさほど緊張もせず、フロアキーパーの仕事も、要は常識的に「きれい」と思えるように目に付いた所を清掃していけばいいのだから苦にはならなかった。特に研修でも、女の説明でも言及はなかったが、客が帰ろうとコーヒーカップを持って返却カウンターに向かうのに出くわせば引き取るのも、自分が客としてコーヒーショップを利用していた時に見かけるシーンだったから、ごく自然にできた。気をつけなければならないのは、一時間に一回のトイレの清掃チェックとエントランスのチェックだけで、それも時折壁掛け時計を見ながら意識していれば忘れずに行うことができた。
 昼以降は定常的に客席が埋まっている状況で、夕方からだんだんと減り始めた。サラリーマンが客層の中心なので、仕事絡みでもなければ夜になってからわざわざここでコーヒーを飲もうという人間も少ない。やがて閉店時間である二十時になった。結局、最初に説明を受けて以来、女を頼ることなく終った。店長が最後の客を送り出し、CLOSEDの札をエントランスに掲げると、閉店業務に入る号令をした。
「……藤井さん」
 女がモップを片手に、キャスターが付いたバケツを転がしながら話しかけてきた。
「はい」
「モップがけをお願いします。えっと……」
 水に浸したモップを絞るための万力が付いたバケツの使い方を教えようとしたところで、同じくモップを持った別の社員が話しかけてきた。
「ウチが教えといたげるから、あんたはカウンターやっとき」
「でも……」
「えーやん、その方が早よ終わる」
 じゃ、お願い、と言ってサポート担当の女はカウンターの方へ去っていった。残った女は陽太郎の方を振り向くとニッコリと笑った。同じ制服を来ていても、メイクの具合からかなり派手な印象を受ける女の名札には「鳥山」と書かれていた。
「……関西の子やろ?」
「あ、……はい」
「せやろ? イントネーションで分かるよな、関西人って。どこ?」
「大阪です」
「そーなんや。ウチも大阪。大阪のどのへん?」
「東大阪です」
「うそやん! ウチも東大阪!」
 女が大声を上げると、店長と、カウンターに戻っていた女が一斉にこっちを見た。レジで会計計算をしている店長は苦笑いをしながら、さっさとやれよ、と床を巡らせるように指をさした。
「ちょっと、智恵……!」
 カウンターの女が少し目を細め、眉を潜めた表情で声をかける。
「ごめーん」智恵は陽太郎の方を向いて、笑いながら、「話は後で。えっとなー……」
 とモップがけのやり方を説明し始めた。これも要領として難しい話ではなく、なるべく丁寧にモップを掛けるようにやればよいだけだった。その後、日中の清掃とは異なり、消毒液を希釈した水を染み込ませた布巾でテーブルと椅子を全て拭くように指示される。少し鼻を付くツンとした臭いに、喫煙ルームの密閉空間だとこめかみが痛くなるかもしれないと思いながらテーブルを拭いていると、返却台に新しい灰皿と新しいゴミ袋を補充しに来た智恵がゴミ箱にビニールをかぶせながら、
「なー……、藤井くんってこういう店で働いてたん?」
「あ、いや、コーヒー屋ではやったことないですけど――」
 高校時代のアルバイト先のサンドイッチ・チェーンの名前を出した。
「あー、やっぱそうなんや。絶対、接客の経験者やと思った。全然注意するとことかなかったもん」
「ありがとうございます」
「なんか、ユリも物足りひん感じやったし」
 と言って笑った。
「ユリ……、さん?」
「あんたのセンセイ」喫煙席を仕切るガラスの向こうで、カウンターの清掃を行っているあの女のほうを指さして、「四方木さんのこと。友梨乃って名前。ウチと同期やねん」


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