鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 1.-12
「おー、えらいなー。やっぱマジメ君は言うことがちゃうわー」
と軽い感じで言う。「なーんも聞いてくれへんと、私もユリも物足りん」
「鳥山さん」
しまった、と思った時には、口をついて出ていた。気さくな智恵に気が緩んだのだ。
「もー、智恵てええって言うてんのに」
「あ、……いや、まだバイト中ですから」
「まっじめ」バタンとゴミ箱を隠す扉を閉めて智恵が振り返った。「そんで?」
「……四方木さん、の……」
思わず問いかけてしまって後に退けなくなった。……しかし、同郷出身の、この性格の智恵なら許してくれそうな気がしてきた。
「ユリが何なん?」
「鳥山さんって、四方木さんの、その……」
智恵はカウンターで閉店作業をしている友梨乃を見たあと、返却台に凭れて腕を組んだ。陽太郎を見て微笑んでいる。
「ユリのこと、マジで口説こうとしてるんや?」
「……あ、いや」
年下男の恋心を少しからかうような笑みを見せている智恵に、そうです、と滑らかには答えられなかった。
「……『四方木さんの好きな人って誰ですか?』。……せやろ?」
「ま、ええ。……そうです」
あっさり見抜かれて、それを殊更に隠そうとしても手遅れだと思った陽太郎は、曖昧な表情を浮かべて、智恵の言うとおりだという態度を見せた。
「……ヨーちゃん、甘えたらあかんわ」
智恵は少し頬を膨らまして渋い表情を見せた後、「そら知ってるけどな。やっぱ私の口からは言われへん。ユリ、友達やもん。知りたかったら、自分でユリに訊き?」
恥ずかしくなった。それもそうだ。友梨乃を悶々と想い続けた陽太郎の二日間は、智恵にとってはただの二日間だ。智恵にしてみれば、まだ陽太郎と知り合って二日目、会うのも二回目だ。一度飲みに行って、地元の話題で盛り上がったとはいえ、自分のために友達の秘密を明かしてくれるわけはなかった。
「……すんません」
「ごめんな。……まー、ユリには黙っといてあげる。あんまここで喋ってサボってると、ユリが怒るから」智恵は手を払うように二回叩いて、「ユリのおっぱいの大きさも聞かんといたげるし。なんかあんた、カワイソーやから」
と言って笑って出て行った。
浅はかさを恥じながらも、智恵の往なし方には少し感謝していた。真顔で断られたらもっと辛い気持ちになっていただろう。
あと閉めとくから上がっていいよ、とレジを落としながら店長が言った。店長に課せられている業務がまだ何かあるのだろう。店を一つ預かるのは本当に大変なようだ。智恵と友梨乃と三人で店を出た。
「よ……、ユ、ユリさん」
店を出てすぐに、呼称を変えて呼んでみた。ん?、という微笑みの表情で振り返り首を傾げて見てくる。その友梨乃の仕草に早くなってきていた鼓動が加速された。
「……ちょっと、いいすか?」
「え、なに?」
もう一昨日のことを忘れてしまったのだろうか、夜の明かりに友梨乃は純真なまでの黒目を照らしていた。
「何? ヨーちゃん、私は仲間はずれ?」
智恵が陽太郎に、あ、もう今なん?、という笑みを浮かべて冗談を言ってきた。
「……いや、えっと」
「あー、あれね」智恵はわざとらしく、うんうん、と頷いて友梨乃を向いて、「なんか、ヨーちゃん、聞きたいことあるらしいで。私聞かれたけど、ムズカシーてよー答えられんかったん。てか、ヨーちゃんのセンセイはユリなんやから、答えてやらんと」
智恵はバッグを背負いなおして、「長なりそうやから、そこのファミレスでも行ったら? 私、先帰るし。洗濯当番、2連続やからな」
助け舟だ。え、付き合ってくれないの、という顔を智恵に向けている友梨乃に、
「すみません、お願いします」
と頭を下げた。
「あ、うん……。わかった」
「ほんじゃねー」
「お疲れ様です」
友梨乃が智恵に背を向けると、智恵は陽太郎だけにウインクして見せたから、小さく頭を下げた。ええ人やな。同郷だからだろう、気遣いが嬉しかった。
永代通りを渡ってすぐのビルの二階にある二十四時間営業のファミレスに入った。何か食べますか、と聞くと、
「いい、大丈夫」
「じゃ、飲み物だけ……。コーヒー、……なわけないですよね?」
と笑って言うと、友梨乃も、そうだね、と言って微笑んだ。二人とも紅茶を頼んだ。
「……何か、わからないことあった?」
小首を傾げてこちらを見てくる。その仕草がヤバいっちゅーねん。そう思っても友梨乃から目を逸らすことができなかった。
「あ、いや……、ま、ちょっと」
「えー、何よ、もう」
友梨乃は笑ってカップを持ち上げると口をつけた。「遠慮しないでいいよ」
逡巡してると余計に話しにくくなるに決まってる。陽太郎は両手をテーブルの上に置いて手を組むと友梨乃を見つめた。
「……一昨日はすみませんでした」
カップを下ろそうとした友梨乃の手が止まる。みるみる表情が曇っていく。別にいい、どっちみち曇らせてしまう。
「……そんなこと、言うために、ここに入ったの?」
「ちがいますけど、コレは言いたかったんです」