想いの詰め合わせ-3
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すずかけ町の老舗スイーツ店『Simpson's Chocolate House』の駐車場を兼ねた前庭をぐるりと取り囲むように立つプラタナスの木の葉を、時折吹きすぎる風が数枚落としていく。
入り口のドアのカウベルを鳴らして、勇輔と冬樹、うららの三人は店内に足を踏み入れた。
「そうか、もうすぐハロウィンだね」冬樹が言った。
店を入ってすぐのところに、赤や黄色を基調としたリボンや色づいた木の葉をあしらってディスプレイされたコーナーがあった。大小のジャック・オ・ランタンも置かれている。
「来たなー」
店の奥から明るい声がした。
「おっちゃん」勇輔が顔を上げてアトリエの中に向かって手を振った。
テーブルに落ち着いた三人の前に水の入ったグラスを置いて、ケネスの妻マユミがにこやかな表情で言った。「いらっしゃい。何にする?」
「俺コーヒー。冬樹は?」
「僕もコーヒーで」冬樹はぺこりと頭を下げた。
「あたしはアプリコット・ティーをお願いします」
「はい。すぐ持ってくるわね」
マユミが背を向けようとした時、うららが言った。「あ、マユミさん」
マユミは三人に向き直った。「なあに?」
「入り口のところのハロウィンのディスプレイ、いい感じですね」
「でしょ?」マユミは笑顔を冬樹に向けた。「春菜さんプロデュースよ」
「え? 姉ちゃん?」冬樹はびっくりしてマユミを見た。
「さすがデザインの勉強しているだけあるわね。高校でも有名だったんでしょ? 勇ちゃん」
「そうっすね、俺みてえな水泳バカでもその名前、知ってましたから」
「専門学校卒業したら是非うちに就職して欲しいわねー」
マユミはそう言い残し、にこにこしながらテーブルを離れた。
うららが冬樹に向かって身を乗り出した。「ねえねえ、冬樹、あたし知ってるよ」
「え? 何を?」
うららは勇輔の顔に目を移した。そして微笑みながら言った。「兄貴の写真、大切に持ってるんだよね」
「俺の?」
「兄貴の五月の大会での写真。水着姿の」
「そんな写真、どこで?」
「学校通信だよ。切り抜き。ね、冬樹」
「う、うん……」冬樹は照れくさそうに頭を掻いた。
「そーかー」勇輔は嬉しそうに笑い冬樹の肩に手を置いた。そして耳元で彼にだけ聞こえるように囁いた。「そいつでヌいてたのか? 冬樹」
冬樹は赤くなって小さく頷いた。勇輔は思わず冬樹の頭を撫でた。
「うららさん、やっぱり見たんだ、あの時」
うららはしまった、という顔をした。「ご、ごめん、冬樹、つい……」
冬樹はにっこり笑った。「気にしないで」
「あの時、って?」勇輔が冬樹に顔を向けた。
「うららさんとの二回目のデートの時にね、僕が何気なくテーブルに置いた手帳にさ、勇輔の写真を挟んでたんだよ」
「冬樹がテーブルを離れた時に、ちらっと見ちゃったんだ」うららは舌をぺろりと出してばつが悪そうに頭を掻いた。
「今思えば最初から言っておくべきだったよね」冬樹が申し訳なさそうに言った。「うららさんの交際の申し込みに軽くOKしたりしてさ、変な期待、持たせることになっちゃって、ほんとに反省してるよ。ごめんなさい」
冬樹は神妙な顔で頭を下げた。
「いいのいいの」うららは爽やかな笑顔で冬樹を見た。「結果的に良かったと思うよ」
「なんで良かったんだよ」勇輔が言った。
「付き合ってて別れたりしたら、気まずくて顔も見られなくなったり、最悪かえって険悪な仲になったりすることって多いでしょ? あたし、冬樹とはずっと仲良くしたいもん」
「なるほど」
「冬樹が兄貴と付き合っていれば、あたしも何かと関われるし。あ、下心あり過ぎ?」
冬樹は勇輔とその妹の顔を見比べながら困ったように笑った。
勇輔がうららを睨んだ「俺の冬樹に手ぇ出すんじゃねえぞ」
うららは大笑いした。「あたしに冬樹を誘惑できるような魅力があると思ってる? 兄貴」
「ま、その心配はねえか。確かに」