気持ちと身体-1
勇輔と冬樹は、並んで自転車を押していた。
「なんか、幸せそうな顔してっぞ、おまえ」
「そりゃそうだよ。先輩の使ってた水着、穿いてるんだから」
「そんなに嬉しいか?」
「うん」冬樹は顔をさらにほころばせた。「また興奮してきた」
「ばかっ」勇輔は赤くなって目をそらした。
「だいたい、おまえが下着の中に出したりすっから……」勇輔はまた冬樹の顔を見ながら言った。
「だって、我慢できなかったんだもん」
「そんなに興奮してたのか?」
「そりゃそうだよ、ずっと抱かれたい、って思ってた先輩と抱き合えたわけだし」
「俺も」勇輔は照れたように頭を掻いた。
「でもピッタリだよ。この水着。僕と先輩、サイズ同じなのかな」
「あのな、冬樹、水着ってのは、普通より一,二サイズ小さめのを穿くのが常識なんだぜ」
「そうかー」
冬樹は勇輔の顔を見て微笑んだ。
「そう言や冬樹、おまえ髪、いつ切ったんだ?」
冬樹は少し困ったような顔をした。「う、うん……先輩のタオルがいつまでも手すりに掛からないのを悲観してね、昨日……」
勇輔は立ち止まり、切なげな目をして冬樹を見た。「ほんとに悪いことしちまったな、冬樹。ごめん」
「ううん。いいんだ。僕の勝手な思い込みだったんだし」
冬樹が先に歩き始めた。勇輔も急ぎ足でその後に続き、再び二人は並んで自転車を押した。
「でも、似合うぜ、そのヘアスタイル」
「ちょ、ちょっと短すぎるかな……」冬樹は自分の後頭部をさすった。
「前はいかにも暗いオタクって感じだったが、なんか今風になった、っつーか、前より、なんだ、こ、こう、かっこよくなったっつーか、かわいくなったっつーか……」勇輔はまた頬を赤くして頭を掻いた。
「ほんとに? 嬉しい!」
勇輔は照れくさそうに冬樹の頭を乱暴に撫でた。
「明日も部活なんでしょ? 先輩」
「あ、う、うん」
「明日も一緒に帰ろう。僕、音楽室にいるから迎えに来てよ」
勇輔はにっこり笑った。「わかった」
◆
明くる日の昼過ぎ、早めに学校にやって来た勇輔は音楽室を訪ね、ピアノの蓋をそっと開けると、バッグから白い封筒を取り出してその上に置き、静かに蓋を閉めた。
「俺の気持ちも、おまえにちゃんと伝えなきゃな……」
勇輔は独り言を言って、そこを出て行った。
準備室のドアの隙間から、勇輔のその行動を観察していた彩友美は、彼が去った後、自分の椅子に座って、入れ立ての紅茶のカップを手に取った。「勇輔君も応えたんだ、冬樹君の想いに」
そしてにこにこ微笑みながら一口、紅茶を飲んだ。
それからしばらくして、いつものように音楽室を訪ねた冬樹を、彩友美はいつもに増して上機嫌で微笑みながら迎えた。
「冬樹君、何だか急に明るくなったね」
「え? そ、そうですか?」
「髪も短くして、なんか垢抜けた感じがするわよ」
冬樹は頬を赤くして頭を掻いた。
彩友美は悪戯っぽく斜めにその少年を見ながら声を落として言った。「何か素敵な出来事でも?」
「えっ?」冬樹は思わず顔を上げ、ますます顔を赤くした。
「ま、先生があれこれ聞く権利はないわね」
冬樹は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「今のあなたなら、リストの『愛の夢』なんか似合いそうだわ」
ふふっと笑って、彩友美は準備室のドアを開け、中に消えた。
水泳部のミーティングが終わり、約束通り勇輔は音楽室を訪ねて冬樹を誘った。
自転車を押して歩きながら、二人は蝉時雨の桜並木を通り抜けた。
「毎日毎日暑いなー」勇輔はシャツの襟を引っ張りながら言った。
「今が一番暑い時間帯だからね」
「な、なあ、冬樹」勇輔が少し躊躇いがちに言った。
「なに?」
「こ、今度の土曜日さ、俺んちに来ないか?」
「え?」
「メシごちそうしてやっからよ、そ、その、泊まっていかねえか?」
「いいの? いくいく!」
冬樹は小躍りして喜んだ。