気持ちと身体-4
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居酒屋で食事を済ませ、冬樹と一緒に家に戻った勇輔は、すぐに二階の自分の部屋にその小柄な恋人を招き入れた。
「あれ、なんか妙に片付いてやがるな……」
ドアを開けた勇輔が自分の部屋を見回しながら呟いた。
その時、隣の部屋のドアが開いて、うららが顔を出した。「お帰り、兄貴。いらっしゃい、冬樹」
「あ、うららさん」冬樹は気をつけの姿勢でうららに向き直り、思わず最敬礼をした。
「あははは! 何緊張してるの?」
「お、お邪魔します」冬樹は顔を赤くしていた。
「兄貴が変なことしたら、大声出してね。あたし、いつでもレスキューしてあげるから」
そう言ってうららはぱちんとチャーミングなウィンクをした。
「なーにがレスキューだ。大きなお世話だっつーの」勇輔は吐き捨てるように言った。「掃除したのもおまえか? 妹」
「デリカシーのない兄貴に任せてらんないよ。ぐちゃぐちゃのめちゃくちゃだったじゃん。誰だって見かねるよ」
「余計なことしやがって……」
「見られちゃまずいものでも?」
「ねえよ! そんなの」勇輔は大声を出した。
「ムキになっちゃって……」うららはにやりと笑った。
「ムキになんてなってねえし」
「ティッシュも補充しといたからね」
「うっせえ!」勇輔はさらに大声を出した。「もう消えろっ!」
勇輔は冬樹の腕を取り、部屋の中に引き込み、バタンとドアを閉めた。
先に勧められて、冬樹は入浴を済ませた。
「じゃ、俺入ってくっから」勇輔は肩に着替えのノースリーブシャツを掛け、ショートパンツを手に持った。「それ、飲んでていいからな、冬樹」
「ありがとう、先輩」
勇輔の机の上に、トレイに乗せられたリンゴジュースの缶が置かれていた。
部屋はエアコンが効いて、ひんやりとしていた。湯上がりの肌にひどく心地よかった。
冬樹が床のカーペットに座って、ジュースの缶を口に運んだ時、ドアがノックされた。「冬樹、いい?」
それはうららの声だった。
「あ、うららさん。いいよ、どうぞ」
ドアを開けたうららは手に同じリンゴジュースの缶を持って部屋の中に入ってきた。
冬樹は少し緊張したように、座り直した。
「おいしいでしょ? このジュース」
「え? う、うん」
「わざわざ青森から入荷してるんだよ」
「そ、そうなの?」
「やっぱり本場は違うよね」
うららはにっこりと笑った。
「でも冬樹、そういう甘いのは飲むんだ」
「果汁系は好きだよ、僕。いくらなんでもジュースまで苦い方がいいなんて思わないよ」
「それもそうだね」
うららはまた愛らしい笑顔を見せた。
「冬樹さ、あたしなんかほっとしてる」
「え? ほっと……してる?」
「うん。今でもあたし、冬樹のこと好きだけど、あのまま気まずくなって口も訊けなくなるより、ずっといいもん」
「そ、そうだね。僕も……」冬樹はうつむいていた顔を上げた。「うららさんにはとっても申し訳ないことしちゃったし、こうして友だちでいてもらえることは、すごくラッキーだと思うよ」
「うん」うららはまた笑顔で冬樹を見た。
「あ、ご、ごめん、なんか自分勝手なこと言ってるよね、僕」
「そんなことない。冬樹が言ってる通りだよ」うららはジュースを一口飲んで続けた。「いい感じの友だちでいられそうだよね、あたしたち。兄貴のおかげで」
「うん」冬樹はようやく頬の筋肉を緩めて笑った。「そうだね」
「ところで、」うららは躊躇いがちに言った。「冬樹、兄貴とさ、そ、その……」
「何?」
「か、身体のか、関係に、その……なっちゃってるの?」
うららの顔は赤く染まっていた。
冬樹もひどく赤面していた。
「そ、それは、あ、あの……」
「ご、ごめん、プライベートなこと訊いちゃって」うららは慌てて顔を上げた。「ほんとにごめん。聞かなかったことにして」
「う、うん……」冬樹はうつむいて頭を掻いた。
うららは立ち上がり、慌てたようにドアを開けた。「じゃ、じゃあ」
冬樹は顔を赤くしたまま、ぎこちない笑みを浮かべてうららの背中に手を振った。