重なり-5
◆
激しい雨が嘘のように上がった。
西に傾いた陽の差し込む誰もいないプールサイドに、勇輔と冬樹は二人きりでいた。
勇輔は窓の手すりにいつも使っている緑のタオルを掛けた。「済まねえ、冬樹。いまさらだけど」
「ううん。嬉しい、先輩」
「おまえのタオルもこの色だったな」
「し、知ってたの?」
「音楽室のピアノの下に落としてたの、拾ったんだぜ、俺。」
冬樹は数日前、なくしたと思っていたそのタオルがきちんとたたまれてピアノの上に置いてあったのを思い出した。
唐突に勇輔が冬樹の肩を抱き、そのうなじに鼻を擦りつけ始めた。
冬樹は慌てた。「あっ、な、なに、先輩、どうしたの? 急に」
勇輔はしばらくそうやってくんくんと冬樹の首筋の匂いを嗅いでいた。
「く、くすぐったいよ!」冬樹は小さく身を捩らせた。
肩に手を置いたまま身体を離した勇輔は、照れ笑いをしながら言った。「おまえ、いい匂いだ」
「えー、ほんとに?」
「そのタオルからも同じ匂いがした。なんつーか、桃みてえな、いや、ちょっと違うな……」
「そんな匂いがするの? 僕から? っていうか、」冬樹は勇輔の顔を覗き込んだ。「拾ったタオルの匂いを嗅いだわけ? 先輩」
勇輔はうなずいた。「匂いを嗅いで興奮してた」
「ほんと?」冬樹は嬉しそうに顔を赤らめた。
「そん時は妄想レベルだったけどな」
「妄想?」
「俺さ、」勇輔は再び窓から戸外に目をやった。「初めて話した時から、冬樹のことがずっと気になってた。今思えば」
冬樹は何も言わず幸せそうに目を閉じ、頭を勇輔の肩にもたせかけた。
「それからどんどん妄想が広がってよ、おまえの持ち物だってわかった途端、思わずそのタオルの匂いを嗅いでた。すんげーいい匂いだって思った」
勇輔は冬樹に顔を向けて笑った。冬樹もそれに応えて微笑んだ。
「わざとあの色にしたのか?」
冬樹は照れたように頷いた。「うん。先輩のと同じ色」
勇輔は冬樹に身体を向け、眉尻を下げて微笑みながらそっと唇を重ね合った。
「キス、上手だね、先輩」
勇輔は済まなそうに頭を掻いて言った。「ま、今まで何人かの女子と付き合ったからな」
「キスから先までいったこと、ある?」
「未遂は何度か」
「未遂?」
勇輔は窓の手すりを両手で掴んで、窓の外を見ながら言った。「こないだ別れた彼女との時、いざ、服を脱ごうとしても、どうしても下着だけは脱げねえんだ。彼女は覚悟してたらしいけど」
「どうしてかな……」
「俺にもわからねえ」
勇輔はおもむろにシャツを脱ぎ始めた。
「せ、先輩」冬樹は慌てた。「誰かに見られちゃうよ」
「何言ってんだ、俺のここでのいつものスタイルだ」
勇輔は笑った。そして冬樹の手を取り、窓を離れ、スタート台の前までやってきた。
勇輔は冬樹の肩に手を置き、じっとその目を見つめた。「お、俺、おまえの体温を直に感じたい。いいだろ? 冬樹」
冬樹は顔を赤らめて小さく頷いた。