本心-4
――その夜
冬樹は春菜のマンションを訪ねるなり、目の前の姉に大声で言った。
「春菜姉ちゃん、僕、もう限界だ!」
冬樹は涙目になっていた。春菜は驚いて、その弟を部屋に通すと、ダイニングの椅子に座らせた。
「ど、どうしたの? いったい……」
冬樹はテーブルに置いた両手の拳をぎゅっと握りしめて絞り出すような声で言った。「僕の気持ち、抑えきれない。もう胸が爆発しそう」
「冬樹……」
「それに……罪の意識の呵責が」
冬樹はテーブルに突っ伏した。
春菜は彼の横に立って、背中を優しくさすった。冬樹の肩は迷った子犬のように小さく震えていた。
「姉ちゃん……」冬樹はテーブルに伏せたままくぐもった声で言った。
「なに?」
「どうしたらいい? 僕、どうしたら……」
冬樹の横に椅子を近づけて座り、春菜は弟の顔を上げさせた。
「姉ちゃんに話してごらんよ」
しばらく放心したように虚ろな目をしていた冬樹は、決心したように顔を上げた。
「僕、明智さんにひどいことしてる」
「明智さんって、あなたが付き合ってる子?」
「うん」
「ぼ、僕、本当は……」冬樹は口ごもった。
「本当は?」
春菜は弟の肩にそっと手を置いた。
冬樹は小さな声で言った。「僕が本当に好きなのは、明智さんのお、お兄ちゃんの方……なんだ」
そして彼は真っ赤な顔をして、大声を出した。「だ、誰にも言わないでね!」
春菜はそんな弟の顔を覗き込んで、にっこりと笑った。「そう」
冬樹は意外そうに春菜に目を向けた。
「『そう』って……。変だと思わないの? 僕がその、お、男の人が好きなんて」
「思わない」春菜はきっぱりと言った。
「……」冬樹はぽかんとした顔でにこにこ笑う姉を見つめた。
「思わないよ、変だなんて」
「本とか漫画とかのフィクションじゃないんだよ? 実際に男が男を好きになってるんだよ?」
春菜は肩をすくめた。「そんなの普通よ」
「普通……なの?」
「人を好きになるのに性別は関係ないよ」
「姉ちゃん……」
春菜は冬樹の肩から手を離してため息をついた。「でもねえ、あなた下心満載でその彼女と付き合ってたってことでしょ?」
「そ、そうなんだ」
「お兄ちゃんと親しくなりたくて、その妹に近づいた、ってことよね?」
「そうなんだ……」冬樹は小さな声で呟くように言った。
「それはNGだね」
「……」
「けじめはつけなくちゃね」春菜は冬樹の背を軽く叩きながら言った。「付き合ってる彼女には、あなたのその本心を打ち明けなさい。そして謝るのよ、ちゃんと」
「勘づかれた……かも」冬樹が少し震える声で言った後、春菜の顔を見た。
「そうなの?」
「う、うん……」
「じゃあ、なおさら早く本当のことを言わなきゃ」
「姉ちゃん……」
「まあ、『君じゃなくてお兄ちゃんのことが好きなんだ』なんて言えないでしょうから、ほんとに好きな人は別にいた、とか何とか言ってごまかすしかないでしょうけど」
「そ、そうだよね……」
春菜は弟の目をじっと見つめながら言った。「本命のお相手にあなたの気持ちを伝えるのは、その後」