本心-3
マンゴーのかけらを口に入れたうららは、ふとテーブルに残された冬樹の手帳に目をやった。閉じられたそれのページの隙間から、何やら写真のような物が三角形の耳を出していた。
うららはスプーンを皿に置き、そっと手を伸ばしてそのページを少しだけ開いてみた。
「えっ?!」
それは兄勇輔の水着姿の写真だった。それが学校通信の切り抜きであることはすぐにわかった。五月、母親がダイニングのテーブルでその新聞の記事を大切そうにクリアファイルに入れているところに丁度居合わせたからだ。
「な、なんで兄貴の……」
うららの鼓動は図らずも速くなっていた。彼女は慌てて手帳を閉じ、少し震える手でスプーンを手に取り、底に沈んでいたナタ・デ・ココを掘り出し始めた。
テーブルに冬樹が戻ってきた時、一瞬うららは顔を上げることができなかった。
「どうしたの? うららさん」
「え? いえ、な、何も……」
それから二人の間には話が弾まず、少し気まずい雰囲気が流れた。
「うららさん?」
「え?」
「どうしたの? 急に黙り込んじゃって」
「う、うん……」
うららの視線が、テーブルに置いた手帳に向けられているのに気づいた冬樹は、胸騒ぎを感じて、それをそっと手に取り、バッグにしまった。
冬樹とうららは店を出て通りをあてもなく歩いた。
うららは小さな声で言った。
「冬樹、あたしのこと、どう思ってる?」
冬樹は意表を突かれたように、うつむいていた顔を上げた。「えっ?」
「なんか……」うららはごくりと唾を飲み込んだ。「冬樹はあたしを見てくれてないような気がする……」
「そ、そんなこと……」
うららは立ち止まった。
冬樹も立ち止まった。
急に強い風が吹き、冬樹は思わず目をつぶった。
「あたしと一緒にいて、どきどきする?」
冬樹が目を開けると、うららは自分の方を少し悲しげな瞳で見つめていた。
「ど、どきどき……って?」
「男の子は、女の子にキスしたい、とかいろいろ思うんでしょ?」
「……」
「あたしとキスしたい、って思わない?」
冬樹は唇を噛みしめた。そして先に歩き始めた。
うららも少し後をついて歩いた。
交差点の横断歩道の前で立ち止まった冬樹は、うららの目を見ながら言った。「うららさんは、僕のこと、どう思ってるの?」
うららはその視線から目をそらして小さな声で言った。「好きだよ……」そしてすぐに顔を上げ、冬樹の目を見つめ返した。「あたしがコクったんだもん。当然だよ」
「そうだね……」今度は冬樹が彼女から目をそらした。
「冬樹は、どうしてあたしと付き合う気になったの?」
冬樹の全身からじわりといやな汗が滲み出た。
「……」
うららは、横断歩道前の黄色い点字ブロックを見つめながら小さな声で言った。「このまま付き合っていれば、冬樹はあたしを好きになってくれるのかな……」
冬樹はそれ以上、言葉を口にすることができなかった。
歩行者用の信号が青に変わり、二人は黙ったまま歩き始めた。