本心-10
「ところで、健太郎先輩ってさ」
うららが唐突に言ったので、勇輔は身体をびくっと硬直させ、口に運びかけた缶を下ろした。
「兄貴と仲良しだったの?」
「あ、あのな、おまえテレビCM並に話題急変させんじゃねえよ」
「ねえ、どうだったの? 健太郎先輩と兄貴」
「お、俺が尊敬する先輩だったんだよ。自分に厳しくて、でも俺たち部員にはめっちゃ優しいんだ」
「ふうん……。じゃあ、兄貴は先輩に怒られたりしたことなんかないの?」
「一度だけあったな」
「え? 一度だけ?」
「バタフライでゴールする時、後ひと掻きって時に、壁に届かなくてよ」
「なんて言われたの?」
「『思い込みでレースに挑むな』ってめちゃめちゃ厳しく怒られた」
「へえ……」
「俺、結構『こんなもんだろ』って思って失敗することがあるだろ?」
「あるね」
「そん時もそれでな、見破られて、もう涙が出るほど」
「そんな先輩だったんだ……」
「それからしばらく俺、落ち込んでた」
「兄貴でも落ち込むんだ」
「去年の6月頃だ。おまえ気づかなかったか?」
「人に気づかれるほど、落ち込んでたわけ?」
勇輔は肩をすくめた。「ま、俺ここにこもってたかんな、あの時」
「兄貴はそうやって怒られて、こいつなんか、って思わなかったの?」
「思わねえよ。先輩なんだから」
うららはちらりと横目で勇輔を見た。「その人だけは特別、って思ってたの?」
「え? な、なんだよそれ」
勇輔は少し動揺したようにそわそわし始めた。
「その健太郎先輩って、すごくかっこいい人だったんでしょ?」
「そ、そうだ」
「写真とか、ないの? その先輩の」
「去年の部活の写真に何枚かあったような……」
「ねえねえ、見せて、その写真」立ち上がったうららは、飲んでいたアップルジュースの缶を勇輔の机に置いて、彼のノートパソコンを勝手に開いた。
「こっ、こらっ! 勝手に開けるな!」勇輔は慌てた。
「何慌ててるの? エッチなサイトでも見てた?」
「見、見てたけど、もう閉じた」
「じゃあいいでしょ。ねえ、見せて、その健太郎先輩の写真」
勇輔はしぶしぶマウスを動かしながら、『部活』というフォルダを開いた。そしてその中の『写真』というフォルダを開いた。
うららはかぶりつくように身をかがめてディスプレイを覗き込んだ。
「こ、この人だよ」勇輔が顔を少し赤くしながら言って、一つの写真を指さした。
「うわあ!」うららは大声を出した。「かっこいいね! すごい! くらくらしちゃう、この身体つき」
「お、おまえ、言ってることがエロいぞ」
「だって、ほんとにそう思うんだもん」
うららはマウスのホイールをぐりぐりと回した。
「も、もういいだろ」
マウスを握っていたうららの手をむしり取ると、勇輔はウィンドウの×マークにカーソルを持って行った。
うららはとっさに勇輔の手を押さえた。そして少し低い声で言った。「なんか……」
「な、なんだよ」
「この健太郎先輩の写真がやたらと多くない?」
「き、気のせいだ」
勇輔は構わずクリックして、開いていたすべてのウィンドウを閉じ、パソコン自体も閉じてしまった。
「で、おまえ、何の用で来たんだよ。ここに」
「別に。兄貴と雑談したかっただけ」
うららは飲み干したアップルジュースの缶を手に取ると、あっさり部屋を出て行った。
自分の部屋に戻ったうららは、ベッドにぼすん、とうつぶせになり、顎を両手で支えて独り言を言った。「実は勘づいてたんだ、あたし」
うららが健太郎の姿を見たのは今が初めてではなかった。中三だった去年、高校の水泳の大会で、勇輔の応援に会場へ行った時、選手名簿やレースのアナウンスで当時から噂だった健太郎の姿を何度も見ていたのだ。その時も、兄の勇輔が彼の前で顔を赤くしている光景も、実は何度も見ていたのだった。
「でも……、兄貴が想いを寄せてるの、健太郎さんなんだ……」うららはため息をついた。「せめて冬樹の想いを叶えたいなあ……」
うららが部屋を出て行った後、勇輔はインターネットのブラウザを開き、ブックマークメニューの奥深いところに隠してあるゲイビデオのサイトを開いた。
いくつかの新着ビデオのサムネイルが画面に並んだ。眼鏡を掛けた色白の少年が喘いでいる画に目が止まった彼は、思わずそれをクリックした。
それは華奢でか弱そうな少年が、ガタイのいい青年に服を脱がされ、抱かれているビデオだった。その少年はうっとりした顔で、白く美しい肌をさらしている。青年は彼の身体の匂いを嗅ぎながら興奮を高めていき、その唇は少年の唇に宛がわれた。唾液をまつわりつかせた赤い舌が絡み合う。青年の手は、少年の股間に伸び、体つきの割に大きく逞しくいきり立ったペニスを掴んで激しく扱いた。少年はますます息を荒くしていき、ついに、ああっ、という声を上げ、身体を仰け反らせて勢いよく射精を始めた。
勇輔の全身は熱くなり、一気に射精感が押し寄せてきた。