投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

鍵盤に乗せたラブレター
【同性愛♂ 官能小説】

鍵盤に乗せたラブレターの最初へ 鍵盤に乗せたラブレター 10 鍵盤に乗せたラブレター 12 鍵盤に乗せたラブレターの最後へ

男女交際-4



 ――土曜日。うららと冬樹の初デートの日。

 青々とした空に真っ白い入道雲がもくもくと立ち上っている。コントラストの強い街全体が熱い陽炎でゆらゆら揺らめいている。

 うららと冬樹は一軒のレストランに入った。
「暑いね、言ってもしかたないけど」
 うららが出されたおしぼりで手をごしごしと拭きながら言った。
「夏だからね」
 冬樹は指先を一本ずつ丁寧に拭いていた。向かいに座ったうららは、それを見て、ばつが悪そうに頬を人差し指でぽりぽりと掻いた。

「冬樹はさ、なんで冬樹って名前なの?」
「冬生まれだから」冬樹はにっこりと微笑んだ。
「そっかー」
「姉ちゃんは春生まれだから春菜」
「なるほどね」うららは身を乗り出した。「春菜さんて、学校でも有名な人だったんでしょ?」
「え?」冬樹は意表を突かれたように顔を上げた。
「すっごく絵が上手な人で、何度もいろんなコンクールに入賞したんでしょ?」
「大したことないよ」
 冬樹は照れたように目を伏せて、水の入ったグラスに手を掛けた。

「そのお姉ちゃんの春菜さんって、今年卒業した水泳部の健太郎さんと付き合ってるんでしょ?」
「よく知ってるね」
「うん。兄貴から聞いた」
 冬樹は思わずグラスから手を離した。「お兄ちゃんに?」
「そ。兄貴、その健太郎先輩を慕っててさ、いっつもケンタ先輩、ケンタ先輩って馴れ馴れしく呼んでた」
「そう」
「健太郎さんと春菜さんって仲良しだったのかな、ずっと」
「まあ同級生だしね」
「いつから付き合い始めたの?」
「高三の夏」
「じゃあまだ一年なんだね。どんなきっかけだったのかな」
「それは人に言うなって言われてる。結構強烈な出来事だったらしいから」
「強烈? そっかー。訊きたいけどだめだね。プライベートなことだし」
「ごめんね」
「ううん。あたしこそごめんなさい。根掘り葉掘り訊いちゃって」

 二人の前に、注文していたランチのプレートが運ばれてきた。
「いただきます」冬樹はそう呟いて、うららを見た。「食べようか」
「うん」うららも微笑みを返してカトラリーを手に取った。

 スープが半分ぐらい減ったところで、冬樹は不意に目を上げた。
「あの……明智さん」
「え?」うららは、口に運びかけたキャロットグラッセをフォークで持ち上げたまま、動きを止めた。
「お、お兄ちゃんってどんな人?」
「がさつ」
「がさつなの?」
「夕飯の時は、いっつもほっぺたにご飯粒をくっつけてる。口も悪いし、行儀も悪いし」
「そ、そう。で、今付き合ってる彼女がいるのかな」

 うららは怪訝な顔をした。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「い、いや、水泳部で活躍してる二年生の部長なんでしょ? 勇輔さん。きっと人気者なんだろうなって……思ってさ」
「どうかな……今も続いているのかな」
「えっ? いるの? 彼女」冬樹は思わず腰を浮かせた。
 うららは横目で冬樹を睨むように見て言った。「なんか、今はあんまりそういう気配を感じないんだよね」
「そ、そうなの?」
「きっと別れたんだよ。勘でわかる」
「そう」冬樹は安心したようにスープをスプーンですくって口に運んだ。
「あいつ、すぐ顔や態度に出るからね」
「部長って、大変なんだろうな、いろいろと……」手に持ったスプーンを見つめながら冬樹は独り言のように言った。

「もしかして冬樹、水泳に興味ある、とか……」
 冬樹は空になったスープ皿を脇にどけて、またうららに目を向けた。
「ゆ、勇輔さんって、何が好きなの? 食べるものとか」
「何でも食べるよ。食べられるものなら」
「特に好きなもの、なんてないの?」
「ああ見えて、甘い物がめっちゃ好きなんだよ。中でも『シンチョコ』の『ハイミルク・ホワイトチョコ』が大好物。でもこないだはノンアルコール・ビールをうまいうまいって飲んでた」
「ビール?」
「そ。うちは酒屋でしょ? 飲み物はなんでもあるからね。でも兄貴は律儀にアルコール類は飲まない」
「や、休みの日とか、何してるのかな、勇輔さん」

 うららは持っていたカトラリーをメインディッシュの皿に置いて、冬樹の顔をじっと見た。

「冬樹、なんで兄貴のことばっかり訊きたがるの?」
 冬樹ははっと表情を堅くした後、ひどく申し訳なさそうに眉尻を下げた。「あ、ご、ごめん」
「あたしとデートしてるんだから、あたしのことを訊くもんでしょ。それに」
 うららはじろりと冬樹の目を睨んだ。冬樹は思わず背中を伸ばした。
「なんで兄貴のことは『勇輔さん』って呼ぶのに、あたしのことは『明智さん』なんだよ。おかしいよ」
「ご、ごめん。わ、悪かった。ほんとに、ごめんなさい」
 冬樹はぺこぺこと頭を下げた。

 ふっと笑ってうららは言った。
「ねえ、あたしのことも『うらら』とかって呼んでよ」
「そ、そうだね」
 冬樹は頭を掻いた。


鍵盤に乗せたラブレターの最初へ 鍵盤に乗せたラブレター 10 鍵盤に乗せたラブレター 12 鍵盤に乗せたラブレターの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前