後妻-3
一旦来た道を引き返した秋穂は商店街をはずれると、狭い路地裏に入っていった。
暗がりの中のため、妻を見失わないよう、少し距離を詰めることにした。
辺りは古い軒並みが多く、そのわびしさも相まって、一層闇が濃くなった気がした。すでに付近は寝静まっているようで、物音ひとつしない。
唯一、道幅の小さな通路の先から妻のものらしき規則正しい靴音が聞えてくる。その姿が時折、闇に溶けそうになるのを、私は落ち着かない気分でみていた。
秋穂は少し歩調を落として、傾けていた首を起こした。少しおいて鳴った電子音が、通話が切れたことを知らせる。
そうして携帯電話を手慣れた仕草でバッグに仕舞いこむと、これまで以上に歩くスピードを上げていた。
待ち合わせ場所を変更したのだろう。そのくらいのことは想像がついた。ここから先へ行っても、カラオケのある店などなさそうだった。
記憶が正しければ、この先には古い神社があるはずだった。
幼い時分に何度か立ち寄ったことはある。だが、それ以来ずっと訪れる機会はなかった。寂れた感じの、少々薄気味悪い場所だった。
しばらく進むと、予想通り暗闇の中に白い鳥居が浮かび上がってきた。その奥に石造りの階段が威圧するようにそびえ立っている。
石段の長さを見て、私は閉口した。夜とはいえ、てっぺんが目視できない高さだった。
暗さと高さに躊躇した私を、尾行に気づかない秋穂は当然待ってはくれるはずもない。柱の下で一度立ち止まる姿勢をみせたものの、なんの躊躇もなく階段を登りはじめた。
坂がきついからといって、ここで投げ出すわけにもいかず、仕方なく私もつきあうことにした。
すぐに息が切れてきた。階段はなかなか傾斜も急で、最近めっきり運動をしなくなった私には堪えた。
このていたらくでは、秋穂に置いていかれる。そんな心配もしたが、一本道なのが幸いした。彼女とはぐれることはなさそうだった。
秋穂の姿は遥か頭上にあり、彼女はどんどん小さくなっていく。だが、急坂に苦労しているのは向こうも同じだった。歩幅を広く取り、しっかりと足を踏みしめるようにしている。
そのため、タイトになったスカートのスリットから時折、ふとももの裏側が露わになる場面があり、私をはらはらさせた。こんな夜更けに人目を気にする必要もないのだろうが、ずり上がっていくスカートの後ろを押さえるようすもなく、張り詰めたようになったヒップラインが完全に透けていた。長身で、スレンダーにみられがちな彼女だったが、決して肉づきは薄いほうではなく、むしろ豊満な部類に入る。わずかでも胸ぐりの空いた服を着ようものなら、ほんの少し前かがみになっただけで、たちまち胸の谷間をみせてしまい、眼のやりどころに困ることもあった。もっとも、それは私だけではなく、普段他人と接することの多い職に就いた彼女にとっても悩みの種のようだった。
見る角度によっては下着がみえてしまうかもしれない。しかし、そのような杞憂は無用のようだった。あたりは一段と暗さを増し、どんどん人里を離れていく。聞こえてくるのは区別のつかない虫の声だけだった。
それにしても今日の私はどうかしている。すっかり疎遠になってしまっているはずの妻に妙に性を感じてしまうのだ。
あくまで私たち家族は息子の正樹を軸として成り立っている。夫婦としての発展はこれ以上望めそうにない。私も、そして、まだ若く先のある秋穂も父親、母親としての役割を全うするしかなかった。
しかし、一度は情を通じた相手だった。このまま、むざむざと失いたくはない。
そんな彼女に危機が訪れようとは、そのときの私は露ほども考えてはいなかった。