紅館番外編〜始まり〜-7
『物より、人だよ。』
『………ですから……人が集まりますようにと………』
『……違う………物より君。』
シャルナはしばらくポカ〜ンと私を見つめていたが、すぐに笑顔に戻った。
『………私を………ご所望ですか………?』
『い、いや、物なんかより君が早く改宗した方が嬉しいって意味!』
つい口走ってしまった言葉を打ち消すように考え付いた嘘の理由を強めて言ったが、シャルナはさらに笑顔になったのでたぶん無駄だったのだろう。
『………』
三日続いたイライラの退出記録は途絶えた。 ただ、イライラより嫌なそそくさな退出になったのだが………
(私は何を言っているのだろう?
相手は異端者なのに………)
そう、異端者。
近いうちに死ぬ運命の、ただの有限のエルフだ。
(あんなタイプの女性は初めてだから、混乱しているだけ。 混乱しているのだ、私は。)
モヤモヤとした気持ちを払いながら歩いていると看守の部屋の横を通った。
しかし今日もキシンは居ない。 一応他の看守に聞いてみると、暫く出かけると言い残して、結局行き先も帰ってくる時期も告げずに出かけたようだ。
『自由だなぁ………』
キシンらしい。 便利な言葉だ。
それで全てが片付いてしまう。
『王兄陛下。』
ふと後ろから声をかけられ振り向くと審問官が一枚の紙を持っていた。
『明日以降に行う審問の内容の確認をお願いします。』
紙には様々な種類の拷問が日毎に分けられて書かれている。
『慣例に従い、明日以降は鞭に猫鞭や九尾の猫鞭。
ロバやガロットなどの道具や、猫の爪も使おうかと。
そして三日後からは万力や、ハーベルブランティの侵食や乳房裂きなどで体の破壊をしていこうかと思います。』
紙に書かれたおぞましい予定を見て、溜め息つく。
しかしまぁ、人間とは体を治す技術と同じくらい破壊する技術を発展させる。 いやもしかしたら治す技術以上に………
『………少し、変えよう。』
『は? とおっしゃいますと?』
『あのエルフはずいぶん私を馬鹿にしている。
だからもっと長くやろう。 そうだな、重度のものは五日後……いや、一週間後以降にしよう。
それまで今までと変わらない度合いの拷問か、あるいは少し趣向を変えた物にしよう。』
審問官は私の言葉をテキパキと紙に書き取って行く。
『趣向を変えるとは………どのようなものでしょうか?』
『そうだな………食事を減らすとか、体にダメージを与えない精神拷問とか。』
フムフムと頷きながら審問官はさらに書いて行く。
『精神拷問………ふむ、拷問官に犯させましょうか?
プライドが高いエルフ族にはかなりの衝撃を与えられましょう。』
『駄目だ! ………いや、それでは拷問官が魔女に呪われてしまうから………
だから犯させるのは駄目だ。 メルハーレの審問符を使おう。』
メルハーレの審問符とは、内なる声を増幅する符で、罪人の良心の声を増幅させて良心の呵責に悩まされる。
裁判所などで罪人を自白させるための魔法符だ。
『ほぅ………なるほど、魔女である自分を、自分自身に責めさせるのですな。』
審問官はこれまで言ったことを全て書き取り、満足げに帰っていった。
これから新しく予定表を作るのだろう。 シャルナを長く苦しめるメニュー………いや、長く生きながらえるメニューを作るのだろう。
私は彼女に生き残って欲しいと願っていた。 ただ、それは恋心とは別なもの、良き話し相手として居て欲しかった。
だが、そのために私は法に背いた。
メルハーレの符は、良心がある者にはかなりの効果がある。
だが、シャルナは自分を信じて、今も祈っているだろう。 そんな彼女に符は何も苦しみは与えない。
私はまるで無駄な拷問を選んだのだ。
(………いけないな、自分の行動を信じないと………これでは私がメルハーレの符でやられてしまう。)
心に残る罪悪感を振りきり、馬車へと戻った。