紅館番外編〜始まり〜-10
彼女も昔の仲間、六英雄の一人。
アルクウェル=ルーキデモデンナ
治療魔法にかけては世界一のエルフの魔法使いだ。
『アルクウェル! そうか、君なら………!』
『そう、私に任せて頂戴。 大丈夫、今なら助けられるから。』
アルクウェルが目を瞑り、呪文を唱え出した。
『………』
『………』
私とキシンは黙ってその様子を見守っていたが、暫くして私は牢を出た。
ナインツに会いに行くのだ。 馬車の件も、シャルナのこともナインツの指示なのだろう。
『気を付けろよ………ウェザ。』
『あぁ、大丈夫………ナインツはわかってくれる………』
牢に残ったキシンは治療するアルクウェルをじっと見ていた。
『良かったよ、アルクウェルが近くに居て。』
『ウェザのため。』
治療に集中しているためか、一言だけで返して来た。 いや、治療に集中しているからではない。
『助かりそう?』
『当たり前。』
『ねぇアルクウェル、もうちょっと話そうぜ?』
『ハーフエルフと話す言葉は持たない。』
酷い………
実はアルクウェル、ハーフエルフが嫌いなのだ。
しかしキシンはアルクウェルのことが前から好きだったのだ。 なので毎回めげずにアタックするのだが………
『なぁ、後でお茶でも………』
『ハーフエルフと飲むお茶は無い。』
取り付く島も無いアルクウェル。 まったく報われない恋に傷付くキシンであった。
『なぁ、アルクウェル、ハーフとか、そんなんじゃない。
俺自身を見てくれ、俺はお前が好きだ!』
『………キシントハナスコトバハモタナイ。』
『ぐはっ! 存在否定か………』
あぁ、報われない………
王宮に着いた私はすぐにナインツの部屋に向かった。
『ナインツ!』
ナインツは椅子に座り、此方を見ている。 今まで見たことが無いくらいの無表情で。
『兄上、ブドウ酒はどうしたのですか?』
『ナインツ、何故君はシャルナを………
いや、それは良い。』
私はナインツの前で跪いた。
『ナインツ、シャルナを助けてくれ………』
『兄上、異端を殺すのは法律です。
兄上自身が言ってたではないですか。 自分は宰相、誰よりも法を守らなければならないと。』
ナインツは立ち上がり、私の周りを歩き始めた。
『ナインツ、頼む………私は彼女を………』
『言ってはなりません、兄上。』
『………私は愛してしまった。』
『兄上は気でも違ったか!!!
相手は魔女だ!! 貴方は魔女に誘惑されたのだ!!』
怒鳴り声をあげ、机に拳を叩き付けながら怒るナインツに負けず劣らぬ声で反論した。
『違う! 私は真に彼女を愛している!!
ナインツ!! 何故分かってくれない!!』
ナインツは力が抜けたように椅子に座り込み、頭を押さえた。
『………』
『ナインツ、頼む………』
『………貴方から、全ての官位爵位を没収する。』
『ナインツ!』
『ウェア=ハンバートの名もです。 もう貴方は兄などでは無い………去れ、エルフは………助けます………貴方の屋敷に送ります………屋敷に戻りなさい………』
かすれるような声でナインツは告げた。
辛い表情だ………
だが、私は深く頭を下げた。 ナインツの期待を裏切った罪悪感もあったが、不謹慎にも感謝の気持ちの方が大きかった。
『………陛下、感謝致します………』
静かに立ち上がり、部屋を出る。