拾われて飼われました 後編-4
セリアーニャは白くふわふわし小さな毛玉が、ショゴスの一種だと独特な鳴き声で鳴き交わしているのを聞いてわかった。
「なんかすごい!」
さやかが森のあちこちからショゴスがいっせいにふわふわと漂い出したのを見て微笑んだ。
「びっくりさせちまったかな」
ツァトゥグァが頭をぽりぽりとかいてから言った。
そのツァトゥグァの鼻先にショゴスがひとつ降ってきて、ツァトゥグァが寄り目でショゴスを見つめた。
てけり・り!
「ふむふむ、お迎えが来たらしいぜ。あとはこいつらが迎えにきた人とお嬢ちゃんを会わせてくれる。集まったら上に乗れるからな。じゃあな、お嬢ちゃん」
ツァトゥグァは再びあくびをすると眠りについた。
鼻先から、さやかの手のひらに降りてきたショゴスはか、こっち、こっちというように、ふわりと浮き上がり鳴きながらふわふわと浮遊していく。
てけり・り!
てけり・り!
さやかのまわりのショゴスたちは数を増やしていく。
セリアーニャは森の中から、見慣れない衣装の黒髪の少女が、ショゴスたちに乗っかって飛び出てきたのを見た。
さやかはジェットコースターのようなスピードと風を感じた。西遊記の物語に登場する觔斗雲とはショゴスたちかもしれない。
てけり・り!
「ありがとう、みんな!」
ショゴスたちはさやかを地上にゆっくりと降ろすと、ふわふわと森の中に戻っていった。さやかが手を振ってショゴスたちを見送っていた。
「はじめまして。あなたが、さやか?」
セリアーニャはさやかに声をかけた。
「ガーヴィに頼まれて探しに来たわ」
セリアーニャのペンダントの宝石、稜各反射する闇の結晶トラペソヘドロンに、セリアーニャはハスターに呼びかける呪文を詠唱した。
イア イア ハスター ハスタ
アクフアヤク ブルグトム
ブグトラグルン ブルグトム
アイ アイ ハスター!
セリアーニャはさやかを連れて、ガーヴィより先に王都クラウガルドに帰還した。
セリアーニャとガーヴィが火神クトゥグアの世界に引きずり込まれた頃、無名祭祀書が大聖堂から消え去っていた。そして、帰還したガーヴィが無名祭祀書を手にしていた。
こうして妖術師ディルバスのさやか拉致事件はひとまず解決したのだった。
王都クラウガルドには滅びた島の酋長の娘たちの姉妹ラーダとスーラ、女考古学者メリル・ストリ、女子高生の中神さやか、ハスターの子ジョンの五人の人間が集まったのである。
王女エルシーヌによってラーダとスーラ、メリル・ストリは神聖騎士団の隊士と任命された。ラーダとスーラは騎士団本部、メリル・ストリは大聖堂に住み込みで訓練と任務補佐を行うことになった。
さやかだけは、ガーヴィの弟子ということにして王城に暮らすことになった。
王女エルシーヌにジョンが補佐神官としてついているのと同じだが、さやかは魔道を使う素質や武芸の才もないただの少女でしかない。
「気にすることはない」
ガーヴィは気落ちしているさやかに声をかけて頭を撫でる。
転生前はラーダは女騎士であり、スーラは魔道船の操縦者であった。メリル・ストリは妖魅ラミアと同化した女盗賊である。この三人と比べても隠された素養が違うのである。
ジョンは前世と変わらぬ容姿と才能を持っていて、さらに前世の記憶を失っていない。
ラーダとスーラ、メリル・ストリはジョンと出会ってすぐ城内地下の儀式の間で前世の記憶を取り戻した。
セリアーニャは前世はドラゴンであった。
人の形態のときは幼児の姿であり、旅に同行している間ずっと幼児体型を気にしていた。
よほど強い思いだったのだろう。当時のコンプレックスをすべて克服した、見事なプロポーションを手に入れたのである。
さやか拉致事件で、ガーヴィは、今の世界と前世の世界との関係性や仲間とのえにしを理解して帰還した。
「ジョン、いや魔道師ルシャードと呼ぶほうがしっくりくるな。あの男、海賊ギル・セイバーはこの世界に転生してないのか?」
「コボルトの街ガルシーダはディルバスがいなくなったあとに、コボルト族のジェフという若者が仕切っているらしいんだ」
「コボルト族?」
「そう。噂だとディルバスが祭壇の前で焼け死んだ直後に街にふらりと現れたらしいよ」
ラーダとスーラはまだ乗り慣れていないグリフォンの背に鞍に跨がると、手綱を握り、ガルシーダの街に向かった。
滅びたカラーム島はかつては海賊の島であった。
海賊の若き頭領がギル・セイバーである。
ラーダの転生前の女騎士シルヴィアはギル・セイバーの恋人。スーラの転生前の魔道船操縦者シーラは島からついてきたギル・セイバーの従者にして愛人。
「ギルが二人と会って昔の名前で呼ばれたら、どんな顔をするか見たかったけどね」
魔道師ルシャードはガーヴィに言った。
「名前を呼ばれて思い出すか?」
「うん、ギルなら思い出すよ」
夕方に到着して領主の館でグリフォンをあずけた姉妹は、すぐに繁華街へ向かった。
酒場で二人が入って行くと常連のコボルトたちの目つき鋭くなり、一瞬だけ会話が止まる。余所者の姉妹を見て獣人ではないことや、二人とも腰に下げている剣が安物ではないとを判断して、少し警戒する。
酒と食事を注文した。注文をたずねに来たのは酒場の店主だった。
「あんたたちのボスに、シルヴィアが会いに来たと伝えてくれない?」
金貨を一枚握らせて、伝言を頼んだ。
酒と料理はすぐに運ばれてきた。
ラーダが三杯目の酒をがぶ飲みしていると、テーブルのそばに三人のコボルトが立っていた。
「あんたら、うちのボスに何の用があるんだ?」
「顔を見に来ただけよ」
ラーダが微笑を浮かべて答えた。
スーラは黙っていた。店の中にテーブルのそばの三人以外に、あと五人ほど喧嘩をふっかけてくるつもりらしい、と状況を分析している。
(良さげな剣を持ってはいるが、びびることはねぇのによ、何でボスは二人に手を出すなと言ったんだ?)