発覚2-1
「日が暮れてもあいつは出てこねぇんだ、間違いねぇ、泊まりだ」
沼田の言う奈津子の家の外観や周辺の雰囲気は、石橋が覚えているものと一致した。間違いなく沼田はそこに行っている。何時間もその場で粘っていたと自慢していた。
その日、佐伯は出張していた。「数泊の出張になるかも」と佐伯が笑っていたのを覚えている。もちろん田倉の指示だ。夫を遠くへ追いやり、その妻と密会するために仕組んだのだ。しかも自分は会社をサボって奈津子の家に泊まった。そういえば佐伯も田倉もいない日はやたら忙しかった記憶がある。
奈津子の不倫を知ったとき悔しくて、悲しかった。半面、田倉なら仕方がないかな、と思う気持ちがあった。好きな人物ではないが、ある種、畏敬の念を抱いていたからだ。でも今回の件は田倉らしくない。悪魔にでも身を売ったとしか思えない。田倉の顔を見るたびに憤りをおぼえ、考えるほど怒りが湧き上がった。もう制御できるレベルは超えている。
その日は田倉と二人きりで打ち合わせがある。会議室で待っていると田倉が入ってきた。
「すまない、電話が長引いてしまって」
息が弾んでいた。待たせては悪いと思い走ってきたのだ。石橋の心がくじけそうになる。書類を分け合い、打ち合わせに入った。最初から白熱した議論になった。石橋が田倉の提案に異論を唱えたからだ。こんなに激しく反論したのは初めてのことだった。田倉は瞠目しつつ丁寧に説明を続けた。結果として持論はことごとく論破された。完全な敗北だった。うつむくと鼻の奥がツンとした。
「君の論理は恥じるものでは決してない。飛躍した考えは目を見張るものがある。そう落ち込むほどのことではないよ」
田倉の理論は全て的を射ていたのはわかっていた。
がばっと顔を上げたとき、田倉は少したじろぐようすを見せたが、書類をクリアファイルにしまう手を休めない。石橋は勇気を出した。
「本当なのですか」
そう聞くと田倉は手を止め、「ん?」といった顔をした。
「進藤さんの家に泊まったのですか」
田倉は一瞬、驚愕の表情を見せたがすぐに目を細めた。
「泊まったのですね」
怒られると思って声がうわずった。
「君は見たのかい」
落ち着いた声だった。田倉は正面から石橋を見つめていた。両手はテーブルの上で組んでいた。とても姿勢がいい。目の前にファイルが開いてある。石橋は入社したときの面接を思い浮かべた。少し逡巡して背筋を伸ばし「はい」と答えた。
「いつ」
石橋は天井に目を向けて「金曜日です。休まれた日」と答えた。
「ほう、わたしをつけたのかい」
視線を外し、うなずいた。真実を言うと沼田に迷惑がかかると思った。
「入るところを?」
「で、出るところは見ていないです。本当に泊まったのですか」
今度は田倉が視線を外し、間を置いてから「ああ、泊まった」と言った。
「どうして、そこまでするのです。僕はずっと、部長なら仕方がないなと思っていたのです。でも、これはやり過ぎなのでは」
石橋はガタンと椅子を鳴らした。
「君は今でも彼女のことが好きなのだね」
虚をつかれ、顔が熱くなった。