アラフォー由美子の初体験-4
1週間の旅行予定があっと言う間に過ぎた。耀子は好天に恵まれた初夏のシドニーに、すっかり魅せられてしまったようだ。
「由美子、お前いつからシドニーに転勤になるんだい」
「そんなの未だ分かんないわよ。はっきりとOKした訳でもないし・・」
「私はいいわよ。このまま帰らなくてもいい位だわ」
「まあ、それはよかったわ。じゃあ、気の変わらない内に、会社に返事をしておくわ」
「秋山さんに、帰る前にお礼にお食事でもお誘いしたらどうかしら」
「そうね、それはあたしも考えていたんだけど・・」
「後々、お前とのこともあるしね」
「厭なお母さんね、元々はお母さんの為に紹介して頂いたのよ」
「お前が厭なら、私が挑戦してみようかしら」
「あの人、そんなげてもの食いじゃないわ」
「母親に向かって、酷い事言うのね」
由美子は母がすっかりその気になってしまっているのに驚いたが、風向きとしては悪くないと思った。
(問題はあの人ね。堅そうでもあるし、結構遊んでいるようでもあるし、まあ当たってみるしかないか)
生来がネアカな由美子は、何となく物事が上手く運びそうな気がして、 ウキウキするのだった。
5.
「急な事で申し訳ないのですが、母が是非帰る前にと言って聞かないものですから、若しお時間を頂けると有り難いのですけれど・・」
由美子が電話を入れると、博は妻はほかに約束があって失礼するが、自分一人でよければご一緒したいとの返事。由美子は、幸先の良い予感に胸が高鳴った。
砂岩作りの建物が入り組んだ波止場に面したロックス地区は、シドニー開拓時代の面影を残す。
そこに近代的なANAホテルが建っている。由美子母娘は、ここに宿を取っていた。
最上階の雲海レストランは、眼下に世界三美港の一つシドニー湾を一望にして、料理にも定評があった。由美子は、ここに博との席を設けた。
パノラマガラス一面に、オペラハウスとハーバーブリッジが照明に浮き上がる。ブリッジのアーチにちりばめた飾り電球が、黒い波間を横切って、南岸から北シドニーに光の架け橋を作る。
「シドニーは本当に素晴らしいところですね。この夜景なんか、冥土の土産に最高ですわ」
耀子はすっかり感激して、自分でも何を言っているのか分からない様子である。
「まだ時間が早いですから、よろしかったらどこか夜景の奇麗な所へご案内しましょう」
食事が済むと博は耀子に声を掛けた。
「私は少し疲れたので、先に休みますけど、折角だから由美子さんあなたご案内して頂いたら・・」
耀子は、筋書きどおりにバトンを由美子につないだ。
耀子を部屋まで送り届けると、由美子は博のBMWの助手席に収まった。
車は、さっき見たアーチの電飾をかいくぐって、ハーバーブリッジをシティーに向かう。
「オペラハウスとハーバーブリッジが重なってみえる、夜の名所があるそうですけれど・・」
由美子は、予め調べておいた場所を博に告げた。
「よくご存知ですねえ。ここではデート・スポットとして有名なんですよ。行ってみましょうか」
豪壮なセントメリー教会の手前を左に折れて、鬱蒼とした並木の道を辿る。
正面に彫像をあしらった州立美術館の前を過ぎ、左手、ボタニック・ガーデンの鉄柵に沿ってしばらく走ると、やがてキラキラと波間に光を反射させる水面に囲まれた半島の先端に出た。
波打ち際に向かって、三々五々と車が並ぶ。僅かな光に透かしてみると、車の中では二つの影が重なって動かない。
「出て見ましょう」
由美子は博に誘われるままに外に出た。博は由美子の腕を取ると、水際の手すりに案内した。