僕をソノ気にさせる-18
「思春期のエロ妄想を甘くみるなよ? ……でもよ、分かった事があんだ」
「何が?」
「優のヤツ、そん時も俺と物凄い喋ったぜ。前からは考えられねえくらいに」
「そうだね……。私ともわりと喋ってくれるようになったな」
この前は思いきり泣かしちゃったけど。杏奈はあの涙を誰にも言わないでおいてあげようと決めていた。独り占めしたいくらい、あの涙は神聖だ。
「ていうか、お前が勉強見るようになってからだぜ? マジメにすごいよ、杏奈は」
ホメて伸びるタイプだって知ってて私のことホメてくれるのかな。杏奈はときどき本気で褒めてくれる智樹に心を和ませ、
「……、すごいよ? 私。ごほうびは?」
すると智樹は杏奈を抱き起こし、深く激しいキスをしてきた。
5
「お出かけしよう」
休憩中、二人でケーキを食べている時に杏奈が言った。「私と二人で」
今日、優也は小学校の算数課程を終えたばかりだった。家庭教師を始めて三ヶ月。これまで三年近く手をこまねいていた祖母から見れば驚異的なスピードだった。今後は中学数学だけでなく、他の教科もやっていく予定にしている。
「……何しに?」
「本屋さんに行くの。中学の問題集とか参考書とか買わなきゃでしょ? 英語、理科……。社会もいるかなぁ。国語は……、さすがにいらないか。大丈夫、私、目星つけてあるから」
杏奈はコーヒーカップに唇を付け、スマホを操作している。
「いいよ……、たくさん買ったら重いし。アマゾンでいいじゃん」
不登校になって以来、優也は殆ど外出することはなかった。近くのスーパーや伯父の家など、外に出たとしても必要最低限の所で、しかも常に祖母と一緒だった。コンビニにすら一人で行くことはできない。小学生時代の同級生に会うかもしれないからだ。
「だめー。中身ちゃんと見ないとさ? 優也くんにもちゃんと見て欲しいし。だから本屋さんじゃなきゃだめなの。……それに、私の大学の勉強で必要な本もちょっと見たいんだよねー。いいじゃん、つきあってよぉ」
何かを検索していたようで、あったあった、と頷いてから、眉根を下げて困ったような、懇願するような表情を優也に作ってみせる。
「……」
「気が進まない? 私とデート」
杏奈にとっては冗談なのかもしれなかったが、デート、という言葉に優也はドキリとした。精通を迎えて以来、部屋に一人でいるとどうしても鬱屈が体に溜まってきた。智樹に教えてもらったとおり、優也は隠れてそれを晴らしていた。布団の中で硬くなった場所を握っておずおずと指を動かして目を閉じると、瞼に必ず杏奈が映った。いつも傍らに座り、優也に指し示す赤ペンを握る指、横顔に映える柳眉に紅唇、細いチェーンのネックレスが光る襟元、ときどき脚を組んだ拍子に見える膝頭。それらがすぐに艶めかしく思い出されて、ひとたまりもなく優也はティッシュを股間に押し当てた。そして拭った後は、きまって杏奈を穢した気分になり、深い自己嫌悪が襲ってきた。なのに程なくするとまた、鬱屈が下半身に沈殿してきてしまう。杏奈が家庭教師にやって来て直接対面すると、嬉しさと疚しさが絡み合って胸が痛くなった。
(エロいことと、好きなこととはイコール……)
智樹の言葉を思い出し、優也は小説に表現されていた恋愛感情というものが、現実となって自分の中に起こっているのだと自覚した。経験よりも先に本の中の説明として習得してしまっていた優也は、余計にこの感情をどう取り計らえばいいのか分からなかった。
しかも杏奈は自分より遥かに年上で、大人だ――。
外に出るのは好きではないし、正直怖い。しかし、杏奈ともっと時間を過ごせるということはあまりにも魅力的だった。
「……行きたいけど」
「けど? ……大丈夫よー、お婆ちゃんには私から許可もらうつもり。当然じゃん」
優也はほっとすると同時に、そこまで抜かりなく配慮してくれるあたりに大人らしさを感じて、誘惑に負けて自慰を繰り返してしまう自分との格差に萎れた。
宣言通り杏奈はその日の帰りがけ、玄関先で祖母に向かって優也を外に連れ出す許可を求めた。
「……まあ、ご迷惑ではないかしら」
既に「優秀な家庭教師」として杏奈を完全に信頼していたから、祖母は全く拒絶感を示さなかった。
「いえ、私も研究書を探したいっていうのもありますから」
「そう言っていただけるなら……。失礼がないか心配ですが」
「大丈夫よねー?」
杏奈は優也の方を向いて、「っていうか、私に気遣う必要なんてないから、失礼も何もないよね? ……あっ!」
杏奈は突然、トートバックの中を探り始めた。
「……ペンケース、部屋に忘れちゃったかも。ごめんっ、優也くん、私もうややこしいの履いちゃったから、取ってきてもらえない?」