不感-5
「写真。優子が前の人と写った写真を、勝手に見た。」
一瞬顔を顰めて、でもすぐに薄く笑った。
「なんだ、そんなことか。」
違う。
僕は言った。
「違うよ、そんなことだけど、そんなことじゃない。」
意味のわからないことを言う僕に、それが可笑しかったのか、彼女は声にだして笑った。
たった一夜の裏切りを知らない彼女に、たった一夜の裏切りと、その過程の逃げを告げることに気欝になりそうだった。
「僕は昨日、同僚の女の子と寝たんだ」
浮気?
彼女の言葉に頷いた。
「そう。浮気したんだ。最低だよな、僕は」
笑みを顔から消して、呆れたように僕を睨んだ。
「違うわ。最低の上に最悪がつく。なんでそんなことするの?」
刺のある言い方だった。当然だ。
僕はそれだけのことをしてしまったのだから。
僕は、写真を見つけてからの心境を簡単に説明した。
僕を必要としない、あの写真の中の優子を見て、ショックを受けたこと。訳もなく気まずくなったのもそれが原因だということ。
言っているうちに、被害者と加害者が逆転しそうになっていることに気付き、全部僕の勝手な妄想だけど、と付け足した。
「ふうん、なるほどね。それでやっちゃったんだ。」
僕は何も言わなかった。何も言わない僕に、何を言ったらいいか迷っているような間ができてしまった。
気まずかった。
しかし、彼女は笑顔を見せ僕を安心させようとしてくれた。
「だったら、写真を捨てろって私に言えばよかったのに。」
それは意外な言葉だった。
僕にはその言葉を言う勇気がなかった。
それにも増して、そんなことを言う権利がないように思っていた。
「言えるわけないじゃないか。だってあれは、僕が触れたらいけないものだろう」
彼女は首を横に振った。
「あれはただ、捨てられずにいただけよ。彼のことをもう忘れられたなんて言い切れないけど」
そこで一つ区切って、コーヒーを一口飲んだ。
「それだってただの思い出でしかないもの」
え?
聞き返した僕に、優子は優しい笑顔を向けた。
「彼は過去、あなたは今。私は過去にすがってるわけじゃないの、時々思い出す程度。」
僕は何も言えずに、ただ彼女を見つめていた。
「正直に言ってくれたから、浮気のことは許してあげるよ」
ごめん。本当に。
僕は俯いて、それだけを言った。
「それで、会社は?」
もうその話は終わった。そう言うように、彼女は話題を変えた。