盗賊の生成過程/エクスタシーかタナトスか-1
1 ヴァルキリー
「出力確認完了」
バトルアーマーの搭乗席で保護区から出撃する時に、まだ自分が赤(ルージュ)か黒(ノワール)か戦士はわからない。
保護区から半径10q圏内から出れば二つのチームで分かれて相手のバトルアーマーを機能停止にすればポイントを獲得できる命がけのゲームが始まる。
バトルアーマーを撃破されるまで戦う者もいるが、生きて10q圏内の非武装地帯まで戦士自身が逃げきれば撃破なしでも、出撃したことで最大10000ポイントは獲得できる。
機体に搭乗して一時間、非武装地帯から外部の戦場で敵機に遭遇せず、非武装地帯に帰還したとすると、獲得できるポイントは2000ポイントとなる。
つまり五時間までは一時間ごとにポイントを獲得できるのである。
敵機を一機、機能停止させれば10000ポイント獲得となる。
敗れてもペナルティがあるわけではないが、機能停止させると保護区の神殿でナノマシンのロック解除をしなければその間はポイントは獲得できない。
搭乗者が降服を宣言、もしくはバトルアーマーのコアと呼ばれるメインの情報処理機能を司る手のひらほどの小型のブラックボックスが破壊されるとナノマシンにロックがかかりポイントの供給が絶たれる。
非武装地帯で戦闘するとペナルティで戦士のライセンスが一ヶ月使用停止となる。非武装地帯は、保護区から監視されている。
ブラックボックスをバトルアーマーのどの部分に隠すかは、搭乗者のセンスである。
人型のバトルアーマーのどの部位にブラックボックスが隠してあるかはわからないのだが、命がけの戦士は搭乗席の中に設置する。
搭乗席を破壊されたら、搭乗者自身が負傷するか即死もありえる。
保護区の神殿でバトルアーマーに設置して、帰還するまでブラックボックスは外せない。搭乗するとブラックボックスとナノマシンが連動する。
自分が3mほどの巨人になったような感覚を、搭乗者は感じる。
非武装地帯から出て、岩山が続く荒地を北西方向へ歩行しているバトルアーマーが一機。
このペースで8時間25分ほど進めば出撃した保護区ではない別の非武装地帯に到着する予定である。
歩行のみなら30時間ほど活動可能なエネルギーがバトルアーマーにはある。
背部と脚部のブースターで低空飛行で移動すればもっとペースを上げて移動できるが、エネルギーは温存しておきたいことや、もしも熱探知や音探知の探索システムを敵機が使っていれば捕捉されかねない。
日差しが強く、バトルアーマーを降りて非武装地帯まで長距離を歩く気にはとてもなれない。
それは敵機も同じらしく、このあたりでは戦闘が行われていない。
非武装地帯の周辺は危険でエネルギーを温存しておかなければ、戦闘中にエネルギー切れで敗北もありえるのだ。
搭乗席のあるコックピットルームは狭い感じはあるが温度湿度が調整可能で快適である。
単独行動をしているバトルアーマーと同色チームの搭乗者たちが目的地が同じなら団体行動していることがある。
彼女はあまり団体行動が好きではなかった。まだ初心者のバトルアーマー乗りのうちは、熟練者の機体のそばについて団体行動をすることが生き残るコツだ。
彼女のような若い女性のバトルアーマー搭乗者はヴァルキリーと呼ばれるが、保護区まで守ってもらうとそれにつけ込み、慣れ慣れしくつきまとってくどかれることが多い。
次に戦場に出れば敵になるかもしれない相手に、心や体をゆるすことで情がうつると、命取りになりかねないが、男たちは絶好のチャンスのように勘違いして一夜限りの関係を求めてくる。
一ヶ月前に共に敵と戦い、保護区でおたがいの体を求め合って、また会おうと話した男が、別のチームで初心者ヴァルキリーを連れて、敵機として容赦なく襲いかかってきたこともあった。
男が自分の上に乗り、突き上げるたびに体を揺さぶられ、快感の中で彼女は男にしがみつくように抱きつきながら喘ぎ、男が射精を終えて体をあずけてくると愛しくなり、男に唇を重ねて快感の余韻に酔いしれた。
それがただのゲームにすぎなかったように、男のバトルアーマーが近距離兵器の戦斧で、彼女の機体の左腕を斬り飛ばした。
彼女は悲しくなりながら、右腕に装備した中距離兵器のレーザー砲で男の機体の頭部を粉砕した。
レーザー砲はそれまでは装備していなかった兵器で反動がきつく、また外したあと次に発射するまで30秒ほどの待ちが必要だが威力は強い。男は、彼女がレーザー砲を装備したことを知らなかったのである。
男はすぐに降服した。
そして、頭部がない機体のままふらふらと非武装地帯に撤退していった。
初心者ヴァルキリーは二人が戦闘を開始すると、その隙に男を残してブースター全開で逃亡していた。
そうした体験から、彼女は単独行動で戦場を移動するようになった。
岩山が続く光景と、雲のない青空に太陽が照りつけているせいだと彼女は思った。
男と寝たことや、敵として撃破はせずに頭部モニター
を破壊して逃がしたことを思い出してしまった。
男を追尾せずに逆方向へ移動しながら、彼女は左腕に痛みを感じていた。
搭乗者は機体が損傷すると、ナノマシンによって連動しているために疑似的な痛みを感じる。
斬られた左腕よりも胸の奥が痛かった。
その日も、荒野を照りつける日差しを感じながら彼女は搭乗していたのである。
彼女の名前は後藤純。
ランキング98位のランカーである。