盗賊の生成過程/エクスタシーかタナトスか-2
2 捕獲完了
四時間ほど後藤純は移動を続けてから、休憩した。
実際に歩いているような感覚で、搭乗者の我慢強さによって休憩の頻度はかわってくる。
初心者は一時間も歩行を続けていれば、温度や湿度調整されたコックピット内でも汗ばみ、息が乱れて疲れてしまう。
休憩といってもコックピット内で、搭乗席の背もたれに体をあずけてじっと目を閉じているだけだ。
機内からハッチを開いて外に出るには、ブラックボックスの機能を停止させなければならない。
機体を隠すための遮蔽物がない戦場なので、純はバトルアーマーを立たせたままである。
敵機の遠距離からのミサイル攻撃でも、ブースターで急加速して避けることができる。レーザー砲は遠距離では拡散してしまう。夜間では照明弾がわりにはなるが、エネルギーを消費するので照明弾のほうがコストがいい。
ブースターを全開にして近距離兵器で攻撃を試みる敵にも、自機を立たせていれば移動しながらレーザー砲で撃墜できる。
中距離にミサイルや敵機が入れば、バトルアーマーの索敵機能で純は気がつく。
敵機が中距離でレーザー砲を撃ってきたら衝撃は受けるがエネルギーでバリアを張り、相手が次の砲撃を撃つ前に、こちらから狙撃する。
十五分後、敵機と遭遇せず休憩を終了。
再び、非武装地帯を目指して移動を開始した。
それから一時間後、純はバトルアーマーを停止させてモニターの画像を確認した。
そこには十数機のバトルアーマーが、敵味方関係なく大地に転がされていた。
まだ搭乗者を乗せたままである。
どの機にも生体反応がある。
純は敵側の横転したバトルアーマーを攻撃したりはしなかった。下手に攻撃して遠距離兵器を装備した機体が爆発すれば、他の横転している機体も誘爆するかもしれない。
警戒しつつ近づいていった。
(これは何が起きているの?)
通信回線を開いて、純はバトルアーマーの搭乗者たちに呼びかけるが応答がない。
戦闘があったのなら機体が損傷していたり、機体が爆発する可能性を考えて搭乗者が離脱しているはずなのに、その形跡がない。
返答がないということは意識を失っているのか。
不意に純のバトルアーマーの脚部が、横転している機体に抱え込まれた。
純は危険を感じて、ブースターの低空飛行でその場から離れようとした。
周囲の機体が起き上がり純のバトルアーマーにしがみついてきた。
罠にしてはおかしい。赤と黒のチームのどちらのバトルアーマーも純のバトルアーマーにしがみついてくるのである。
「くっ、離れなさいっ!」
低空飛行の状態から引きずり下ろされた。
純はバトルアーマーの腕を振り、執拗にしがみついてくる機体の頭部に打撃をくわえた。
十機以上のバトルアーマーが純のバトルアーマーに襲いかかってくる。
純は頭部が損傷しているのに、がっしりとしがみついたままの機が同色チーム機なのが気になったが、肩部の本来遠距離兵器であるロケットランチャーのハッチを開くと周囲に発射した。
左右の肩部から十六発のミサイルが、しがみついている三機のバトルアーマーと迫ってきている周囲の機体
に直撃して炸裂した。
発射と同時に純は爆発の衝撃にそなえて、エネルギーでバリアを張った。
(引き返すしかないけど、今回は仕方がないわ)
どの機もバリアを張らず、回避すらしようとしない。
純は戦慄した。
バトルアーマーの搭乗者は初心者でも、反射的に危機を回避しようとするものだ。
ミサイルの直撃を受けてバトルアーマーが爆発して燃上していく。逃げ出そうとする搭乗者はいない。
あまりにも異様であった。
撃破された敵機体分のポイントが加算されていく。これはゲームではない。命がけの戦いであり、戦場に出てバトルアーマーに搭乗していれば人を殺めてしまう覚悟は持っている。
三十分後。まだ燻っている機体の残骸が広がる中で、
純の機体だけが立っていた。
できれば人を殺めたくはない。
遠距離兵器を使いきり、爆発の衝撃から逃れるためにかなりのエネルギーを消費してバリアシールドで機体を包んだ。あとは左腕の中距離のレーザー砲と右腕による打撃の近距離攻撃しか残されていない。
ここで無理をせずに降服を宣言して、攻撃を受けないように機体を守りつつ、一番近い保護区に帰還するのがセオリーである。
バトルアーマーを毎回修理していたら、ポイントをいくら稼いでもきりがない。また戦闘を回避して生き残ることは恥ずべきことではない。
だが、純は降服を宣言しなかった。
防御も回避すらしない、ひたすらしがみついてきて兵器攻撃をくわえてこなかった相手が想定外であったとしても、純は結果として、ミサイル攻撃で相手を殺害した。
だから死者への弔いとして、今回は戦闘を回避せずにギリギリまで戦うことに純は決めたのだった。
破壊した機体の残骸から、近距離兵器や使えそうな部品を調達しようとも、純はしなかった。
このヴァルキリーは搭乗席で黙祷を捧げた。
目を開いた瞬間、大地が揺れた。
(これは地震?)
純の搭乗しているバトルアーマーのバランス機能は優れていて、簡単には倒れたりはしない。
「えっ?」
純は自分が搭乗席で逆さまになって座っていると感じた。そのあとで目の前がすうっと暗くなっていく。
バトルアーマーが、意識を失った純を搭乗したまま、ブースターを全開にして移動を開始した。