細工師見習いの乙女は、恋をこじらせる-1
バルドからの手紙が来た日は、シーナの金槌の音は軽やかでリズム感がある。
まさに上機嫌だ。
細工師は鉱石を特別な金槌で叩いて錬金する。
エルド村から泣き虫バルドが王都クラウガルドへ行ってから六年が経過している。
毎月一度、バルドはシーナに手紙を送ってくる。
月の半ばを過ぎて手紙が届かないとシーナの金槌の音は荒々しくなる。
あの日なんじゃねぇか、などと陰口を聞かれたら金槌で頭を殴られかねない。
一歳年上というだけで、バルドを弟か子分といった感じで、シーナは連れまわしていた。
木登りができないといっては泣き、蜂に追いかけられて泣き、村から離れて暮らすことになって泣いていた十三歳のバルドは今月で十九歳になった。
シーナからは返事の手紙は書かないが、バルドは几帳面な性格で毎月手紙を欠かすことはなかった。
シーナの書く字は丸っこく可愛らしい字なので、気にして返事を書けないまま、シーナは一年に一度は絵を描いて送っていた。
王都までは遠く、王都クラウガルドに一年に一度、王に師匠が献上品を届ける時に、一緒に運んでくれるのである。
シーナはバルドが村から離れた同じ時期に弟子入りして、六年間、細工師の訓練を続けている。
花の絵、鳥の絵、仔犬の絵、村人の結婚式の絵、果物の絵、村から見える山と空と雲の風景画。
自画像でも鏡を見ながら描いてやればいいのに、と師匠はシーナに言ったことがある。
すると耳まで真っ赤になって黙ってしまった。
シーナの師匠は大神官の執務室でバルドと一年に一度会うと「私たちも年を取るはずよね」と親友の大神官と話すのだった。
(幼馴染なんて厄介な事しかない。
なまじ幼少より仲が良かっただけに、いつまで経ってもバルドは私を女として見てくれない)
世話好きの幼馴染はいつまでたっても世話好きの幼馴染だった。
だが、そんな関係などごめんなのだ。シーナはそろそろはっきりさせたい。できれば幼馴染から関係を恋人へと昇格させたい。
(どうすれば確実に、バルドが私を恋人として意識してくれるようになるのかしら……)
バルドの手紙は試験に合格したことや、王女の誕生日の式典に参加したことなど、あと子供の頃のことを思い出して、あれこれ書いてくれる。
周囲には上品さとはかけ離れているが、悪気もなく猥談をする男たちにまざって仕事をしているせいもありシーナは、そういった知識だけ膨大な耳年増、二十歳の処女なのだった。
バルドももう十九歳になって、あんなことやこんなことをしたい年頃なはずだとシーナは思う。
バルドの手紙をベットで抱いて、何回、オナニーしたことか。
村の大人たちはよく働き、よく酒を飲み、よく遊ぶ。男女ともに性に関しては自由奔放である。
シーナの師匠はレズビアンだと公言してはばからないし、子供ができたので結婚するということも当たり前なのだった。
子供の頃にバルドと一緒に裸になり、村の近くの湖で泳いだことをシーナはたまに思い出す。
近くの宿場街まで幌馬車で七日。
そこから瞬間移動の魔法陣を使えば一瞬で王都クラウガルドまで行ける。
シーナの師匠のように特別な許可を得た者は魔法陣の使用は許されているが、王都までは幌馬車で街道を移動しても半年はかかるほどの距離がある。
王国の中央にある樹海は異界の森と呼ばれていて、そこを迂回するために時間がかかる。
シーナは細工師として一人前と認められたら故郷の村を出て王国を旅してみたい。もちろん王都クラウガルドに、バルドに会いに行きたいと思っている。
鉱石が採掘できる山が近いエルド村でなくても、装飾品を材料にする錬金の壺を作りその中に金属製の品物を入れたら材料として使える。
金貨や銀貨でも錬金の壺を使えば材料の粘土状の塊にできる。
荷馬車に壺をつんで、幌馬車の荷台を改造して工房のようにすれば、武器や盾、装飾品を作りながら旅ができる。
バルドが人々の治療ができる神官になって村に戻って来るなら、バルドと暮らしながら村の工房に通えばいいとも想像する。
二十歳になればバルドは一人前の神官になれると大神官様に言われた、と手紙に書いてあった。
一人前の神官になれば、バルドのことを年頃の女性たちがほおっておかないだろう。
治療の法術で風邪だろうが怪我だろうが治してしまう神官は、どこに行っても人がいれば仕事がある。
結婚して自分が働かずに暮らしたい女性たちにとってみれば、憧れの結婚相手だろう。もし二十歳でなくても、神官なら五十代でも結婚したいと思う若い女性は星の数ぐらいいるほど神官は人気がある。
バルドが一人前になる前に幼馴染みから恋人に昇格させたいとシーナが思うのは、そんなあせりもある。
遠くの女より近くのやらせてくれる女だよな、とか、神官になるには厳しい修行で男女別れて共同生活しているからゲイになりやすいんじゃないか、などと酒場で酔った男たちが言うのを聞くと翌日、シーナの金槌の音が激しくなる。
「あんたたち、またシーナに余計な事を言ったりしてないだろうね!」
師匠がシーナに用事を頼んで工房にいない間に怒鳴ることになる。
腕前と仕事に対する情熱で女師匠は職人たちに一目置かれている。そしてシーナを自分の娘か妹のように可愛がっているのである。
シーナがまだ処女なのは、この女師匠の村での影響力の恩恵であった。
シーナがバルドのことを思い続けているのを師匠も村人たちも知っている。
見た目も悪くないこの二十歳の乙女を、本当なら夜這いをかけて孕ませてでも自分のものにしたい男は何人もいる。
しかし手を出せば細工師の女師匠に殺される覚悟が必要、さらに初めての相手は惚れた男とさせてやりたいという村人たちも多いので、手を出せば非難されるのがわかりきっている。
だから、村の男たちはシーナに手を出さない。
シーナはバルドの手紙を待ちながら、恋をこじらせている。恋と芸術しかやることがないように鉄槌を打ち鳴らし、汗を流している。