11.転獄-3
「それとも? 悠花ちゃんが社長さんの代わりに蹴られてあげるか?」
ナイフを向けている男は、ニヤリと笑って恐ろしいことを言ってきた。その残虐な眼光に悠花は身を縮こまらせる。
「ヒャハッ! いいねぇ。俺もアンタみたいなキレイな子を思いっきり蹴ってみてえなぁ?」
竜二がバゼットの頭を踏みつけ、暴力の悦びに高揚した顔を向けてくる。
「やっ、やめろ……。彼女は……」
バゼットが呻きながら、拘束された身を芋虫のように揺すり、膝を付いて起き上がろうとする。
「お、やるじゃん? おキレイなカノジョだもんなぁ。『この僕が守ってあげる』ってか?」
と、竜二がジャケットの首を引き上げて立たせると、ソファに向かって投げ倒す。ハゼットは何とかソファに身を乗せることができたが、ジャケットもシャツも竜二の蹴りに汚れ、途中、顔も蹴られたのだろう、目の端に大きな痣ができていた。
「……彼女は、か、関係ないだろう……。帰してくれ」
悠花に向かってナイフを向けたまま、健介は片手でタバコに火をつけた。
「ムリだな。……社長さんに言うことをきいてもらおうと思ったら……」と、ナイフの先端を悠花の頬のすぐ近くまで近づけててくる。「こうして居てもらったほうが良さそうだし」
健介はバゼットがとにかく悠花を救うことを最優先としているのを承知していて、提案をあっさりと却下する。
「だから……。目的は何なんだ。……か、金か?」
「金だな」
灰を床に直接落としながら健介が即答する。
「くっ……、これは強盗だぞ。……こんなことして、無事で済むわけが……、ぐっ!」
バゼットが話している途中で竜二がスタンガンを首筋に押し当てる。
「イケメンさんよぉ。じっとしてろよぉ? 次、首なんかにコイツを食らったら、お前、本当に死んじまうからよぉ……」
と言いながら、バゼットのジャケットのポケットを一つずつ探っていく。スマホを見つけると、健介の方に投げ渡した。健介は片手でスマホの画面をタップすると、
「社長さん。何番だ?」
とロック番号を尋ねる。
「おらっ、言えよ。ビリッとやっちまうぞ?」
「それとも、瀬尾悠花の顔に火傷痕残しちまうか?」
と、健介は咥えていたタバコにナイフの先端を突き刺すと、そのまま再び悠花の顔前に手を伸ばした。刃ではなく、火種が悠花の顔のすぐ近くに光る。
「よせ――」
バゼットは慌てて健介を制止して、番号を告げた。ロックを解除した健介は、画面を操作しながら、竜二に、
「おい、コイツの財布あるか?」
と指示する。竜二は再度バゼットのジャケットを探り、内ポケットから長財布を取り出した。
「あったぜ?」
「カードだ」
竜二は片手で長財布を開くと、中に入っていた二枚のクレジットカードを取り出した。
「どっちもプラチナだぜ? 儲かってんなぁ、おい」
「番号読んでくれ」
竜二が番号を読み上げるのを聞きながら、健介はスマホに向かって入力していた。健介が操作しているのはクレジットカードの現金化サイトだった。上限ギリギリの額を入力し、闇金融でパンクした債務者から取り上げた銀行口座へ向けて振込を行わせる。二枚のクレジットカードから得られた現金は160万だった。
「ちっ……」
ナイフの先に刺していたタバコが燃え尽きて床に落ちた。足らない。健介が竜二の方を向いて、
「キャッシュカードは?」
と問うと、竜二はカードホルダーからキャッシュカードを見つけた。
「あるぜ」
「貸せ」
悠花を残して健介はスマホの画面を眺めながら竜二の方へ歩いていきカードを受け取る。自分に向けられた凶器が外されたが、悠花は動くことができなかった。怪しい動きをしたら、何をしでかすかわからない。
「口座の暗証番号は?」
健介が冷酷な目でバゼットを見下ろす。
「すぐに足がつくぞ……」
「お前の携帯からやったことだろ? ……番号だ。瀬尾悠花の顔がグチャグチャになって、テレビに出れなくなったらお前も悲しいだろ?」
「……わ、わかった」
嘘の番号を言えば本当に悠花に暴力を振るわれる。バゼットは仕方なく暗証番号を言った。
「言うほど入ってねぇな。……会社の金は別の口座か。まあ、当然だな」
と言いつつも、健介は振込限度額100万を同じ口座に振り込む。目的の額を達成したことを竜二に目で合図すると、引き続きスマホを操作しながらベッドに座った。
「悠花ちゃんも座ったらどうだ?」
タバコに火をつけながら、所在なく立ち尽くしている悠花に声をかける。