私がついてるよ…-1
薬品の匂いが、先ほどカラ嫌って程、鼻に衝き。着たくも無い、パジャマの軽い布が肌につく。聞き飽きた医師を呼ぶアナウンスを時より耳にする。
ここにだけは戻りたくはなかった。覚悟はしていたし解ってはいた、持病によって治療も
兼ねて、もう二度と世間一般の人と、日常生活を送る事が出来ず、この場所で生涯を
過ごす事を。
疲れていもいないのに白いベットの上に座り、意味も無く白い壁に視線を置き続ける。
この病気は治らない、決して。長年宿命とも呼べるこの持病に振り回されてきたんだ、
何度も何度も治す事は出来ないか訴えたが、顔を濁らせ首を横に振るばかりの先生。
その度に顔が青ざめつつも、心の置く隅に可能性を置いていた。しかし心が大人に
近づき、先生の説明を耳にしている内、知らず間にその僅かな可能性も消滅させていた
故に僕は覚悟した、自分は助からない、大人に上がるまでにこの命は消えるんだと。
僕は、このまま死ぬんだ…
もう二度と太陽の光を浴びる事無く。
そんな不安が消えぬまま一夜を過ごし、昼間の病院。
スタスタと廊下を歩き話し合いをする医師と看護士、自分と似た格好で辛そうに歩く
老人。どれも見覚えのある光景ばかりだ。
持病の事など忘れ、コンクールに参加していたら突然胸が締め付けられ、その痛みは治まる事無くどんどん悪化し、しまいには立っていられなくなり、その場で倒れこんでしまって、周りの人が集まり出し伊藤サンが声を掛けるも、まともに声を出す事が出来ず、
そのまま帰宅する事も無く病院へ強制的に運ばられ。
まだ大丈夫まだまだ先だ…、そう甘んじていたらこのザマ、せめて学校の皆に挨拶をし
後輩達に、そして家族とゆっくり過ごしてカラ。でもそんな甘えも許可される事も無く
情け容赦なくこの忌々しい場所へ。
「退院おめでとう!」
力無く眉を顰め、ツルツルの床に視線を落とし、足を動かしていると、横からあどけない
黄色く元気な声を耳にする。
「ありがとう美紀、先輩にお婆ちゃんまで、ありがとう!」
特に気になる訳ではないが、その場で足を止め、横の病室に首を向ける。
すると20代くらいの女性が両親と妹、更に先輩と呼ばれる30代くらいの女性に
祖母らしき80代の方が、これから苦しく重い病から解放され蒼く広い大空の下へ
羽ばたこうとする彼女を暖かく見送る。
「ねぇねぇ!せっかく退院したんだし、そのお祝いを兼ねて皆で旅行に行こうよ!」
「んもぅー美紀ったらぁー気が早いんだから、まっ早くて明日かな」
旅行ねぇー。
楽しく賑やかな会話が向こうから次々と聞こえてくる。
その声は今の僕にとっては不快である以外の何物でもなかった。
気分がますます沈み、途方も無く歩みを再開すると。
急に肩へ人の手が乗り、目を見開き後ろへ首を向けると、今度は頬に指が押し込まれ。
「へへーん!引っ掛ったぁー、ホント単純♪」
「杏…」
こんな事になったのに変わらず無邪気な笑みを浮かべる彼女。
僕は彼女が来た途端、沈んだ表情が少し晴れた。