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生命の木〜少女愛者の苦悩
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絶望は望まれて-1

 しばらく立ち尽くしていた緑川はドアの鍵を締め、少女を振り返った。どんな感情にも増してこのとき緑川の心に、先ほどこの玄関口から吹いてきたような涼風が吹き渡った。それは自由の薫風だった。今、緑川は、何をしてもいいのだと感じていた。
 おじさんどうしたのと少女レナータが声をかけた。なんでもない、いま行くと緑川は台所で水一杯を飲み、レナータのもとに走った。
 緑川はレナータの全身を丁寧に嗅ぎ、隈なく口付けしていった。伸びやかな優しい気持ちでなんでもできた。平静な心と言える様子でレナータのはらわたの味を知った。何か女の秘密にまた一つ立ち入った喜びがあった。緑川は、自分の舌が伸びてレナータの口から出てくる空想をしてみた。それから緑川はそこに入った。止めることなく長く続けた。離れることを嫌うレナータのために、緑川は用もレナータの中で済ませた。
 何も食べずに疲れて眠ってしまった二人が起きたのは夕方の五時頃だった。緑川はレナータを洗ってやって、朝食のような食事を摂った。だるそうなレナータとは反対に、緑川の酔いは覚めていた。レナータが自分の子供のようにいとおしかった。おじさんといると自分がなくなっていくみたいで嬉しい、泊まっていきたいとレナータは言ったけれども、緑川は許さなかった。
 緑川は一緒にレナータの降りる駅まで電車で見送ってやった。来週また来る約束と、緑川から与えられた本一冊とともに、レナータは帰っていった。
 緑川はそのまま電車で街まで行き、賑やかな土曜の夜を心ゆくまで楽しんだ。冷え切った自由な心は、街の彩りをあざやかに見せ、風俗の娘たちとも軽やかに話して飽きさせなかった。
 この夜、緑川はいくら飲んでも泥酔することなく、むしろ冴えた頭で終電に乗り、絶望とは清々しいものだと思いながら家に帰った。

 宿酔は宿酔であった。翌朝、緑川はいつもの気分悪さで朝を迎えた。そしてきのうのこともきのうのことであった。思い出となったきのうは今日の緑川にとっては単なる悪夢だった。「犯罪」の現場をズザンナに見られたのだ。それとも、この心変わりは、諦めたはずの期待や欲が戻っただけなのだろうか。自由などもうまるで感じなかった。このまま落ちていくほかないと緑川は思った。きのうはレナータを「救う」手立てすら考えた。それが今はレナータに救いを求めている。しかもその救いは、レナータを思いのままにしたい、レナータについてきてもらいたいという自己閉鎖的な欲望らしかった。緑川は自殺のことを考えた。それは退職と同じくらいの重さだと思われた。するかしないかだけの話であった。
 呼び鈴が鳴り、緑川は機械的な調子で立つとドアを開けた。白いワンピースのズザンナが、緑川の手紙を持って立っていた。緑川は自分の目を疑った。
 上がっていいですかとズザンナは聞いた。緑川は声が出ず、ただ頷いた。二人は卓袱台に向かいあって座った。しかしズザンナは緑川に近づいて、斜めに話す形になった。緑川は自分の震えているのに気がついたが、一切言い訳はしないことに決めた。そして今にもワインを開けたい気持ちに抗って、王女の判決を待った。ズザンナの青い真面目な瞳に緑川は吸い込まれた。
「あたしがまだこんな子供なのに、おじさんはあたしが好きなの?」
緑川は寧ろきのうのことを断罪して欲しかった。ズザンナはなぜ責めてくれないのかと思った。しかし、責められたら生を断念することに緑川は決めていた。
 毒念の発作に駆られそうになりながら、緑川はズザンナに、自分の異常な性向、レナータとのこと、寝ているズザンナにしたことを語り尽くした。海のような色のズザンナの瞳に吸い出されるように、またそこへ投げ捨てるように緑川はまくし立てた。ズザンナは一言も返さず聞いていた。
 話すことのなくなった緑川はズザンナの反応を待った。心はからになっていた。その緑川にズザンナは、
「おじさん、どこにも行かないでそばにいてね。」
と涙を流し、緑川の手を握った。そして昔のようにその手を、今は少し娘らしくやわらかな胸へ、祈るように押し当てた。
 その日曜日、緑川はズザンナと一緒に初めて教会へ行った。


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