菫、走る-6
「菫……」
「……」
自分の席に、気力を抜かれたように座る彼女。
風貌も何時もの丸眼鏡に戻っている。
私は溜息を付く。一体どうしたものか、色々励まそう思ったが昨日アレだけの事があった
から、どう背中を押してやれば良いのか自分でも解らなくなってきた。
「どーしたの、杏!」
「うおわぁ!」
廊下でボー然と立っている私に明るい声で話しかける絆、手にはバスケットボールが。
「どうしたのっ!?まさか体育館でバスケしてたの!?」
「うん!やっぱ良いねスポーツは。」
前歯を見せ、ご機嫌の彼。ダガ私は呆れ、そしてそう言った途端、ボールを離し体勢を
崩し、咄嗟に支える私。
「ほらぁー、だからスポーツは駄目なんだってばぁー、先生にも言われたでしょ!」
「だ、大丈夫だってぇ、このくらい、僕なりに…」
「んもぅ!」
体勢を整え、床に転がったボールを手に取り直す、全く。
それでもお互い笑みを浮かべあう、後にその油断が命取りになる事と知らず。
「所で御園サンの方はどう?」
「…それが、会うのには上手く行ったケド、ちょっと問題が。」
絆も心配しているだろうし、私は昨日の出来事を彼に打ち明けた。
「……そっかぁー」
「もう私も何をどうしてあげたら良いのか分からなくて」
菫の事だ、きっと明るく振舞い悩んでなんか無い振りをするだろう、友人の私にはすぐ
悟られるって言うのに。
「まるでこの前の君見たいだね」
「せからしかぁ!」
「…まぁ、やらないで後悔するよりはやって後悔した方が良いんじゃない?」
「えっ?」
「このままだとその人ともう会えなくなるんでしょ?後で後悔するよどんなに割り切ったつもりでも後々に悔しいもどかしいそんな後悔の念に押し潰されいって」
「!」
「確か今日なんだって?青森へ行くの」
「うん、札幌駅からって」
「だったらぁ」
そうだ、彼の言う通りだ、私は一体何を悩んでいたのだろう。
私は絆に背中を押され、勇気が持てた。
「急がないと、電車行っちゃうっ早く早くっ!」
「解ってるよ!私アンタと違って体力の方はないんだから」
地下鉄を降り、品揃え豊富な店を通る私達。
今日も多くの人で賑わう中、その人達を次々と避け、目的地へと休む事なく床を蹴り
続ける。
「全然似合ってねーよ!……。アイツは、菫は、ありのままの菫が良いんだよっ!」
隼人君が言いそびれた言葉、その言い草はまるで…。
菫は言っていた、卒業をする前に伝えられなくて後悔していた、バスケを見る度、心の
置く片隅ではあるが、ずっと彼の存在を思い描いていた。
貴方の事が大好きなんだとっ!
そうだ、後悔しちゃ行けない。
ようやく改札口付近まで辿り着き、一度体と心の整理と、肘に両手の平を付き、荒々しい
呼吸を、床に吐く。
「隼人、隼人ぉ…」
「はぁ、はぁ…」
そして決心が付き、乗車する訳でも無く切符を買い改札口を通る。
割と少人数のホーム、そこにスーツケースを手にした神無月親子。
電車はまだ来ていない、眉を顰め床のコンクリートに視線を置きっぱなしでいる隼人君
「隼人ぉぉぉぉーーーっ!!」
そこに、自分達も先ほど昇って来た階段から聞き覚え、と言うか待ちわびた声を耳にする
その声に振り向く親子、隼人君は手にしていたスーツケースを手放し、声のする方へ
「はぁ、はぁ…はぁぁ」
「菫!どうして…」
「馬鹿っ!何で言ってくれなかったのよっ!」
「それはぁ…」
顔を歪ませる彼、息を切らしつつも言葉を絞る菫。
「…昨日は、ゴメン。あんな酷い事言っちゃって…」
「隼人…。ううん!私こそ突然あんな真似を」
両者共に昨日の暴言を詫びる。
さぁ、言うんだ!ここで言わなきゃもうチャンスは無い!…しかし。
あぁー間もなくぅー♪列車が参りますぅー♪ご注意をぉー♪
くぅ、何を上機嫌に、いや気のせいか。二人の間にヤジを投げつけるかのように到着の
アナウンスがホーム内に響き渡り。
「おーいっ!来るぞー!」
向こうで彼を呼ぶオジサン。それに対し返事をし、呆気無く菫に背を向ける彼。
「あっ…」
片手を上げ、口を開く菫、マズイ…。
ダガそのまま去っていくかと思いきや、一度足を止め振り返り、彼女に言う。
「やっぱお前、そっちの方が落ち着く。」
そっちと言うのは元の姿に戻った事を指す、彼の友人が言っていた事は本当のようだ。
電車があっという間に着き、淡々と乗車する親子。
自分から去っていく彼を、目をパッと見開き見つめる菫。
もはや口出しはしない。祈る思いで彼女に視線を送り、そして。
「好き、大好きよっ!私、隼人の事が大好きっ!」
「!!」
普段の彼女からは想像も出来ないほどのビックボイス、ただそんな彼女の篭った声も
別のアナウンスや乗車に慌てて駆け込む客によってかき消され。
ダガ幸いにも菫の声が届いたのか、扉の手前で振り向き目を見開き菫を見つめる彼。
「はや、と…」
伝える事は出来た。だが肝心な彼の想いを耳にする事は出来ず。
この日も何時もと変わらない勤務に励む駅。
弱りきった友人の肩に触れ、去っていく電車をただただ眺める菫であった。