熱砂の凶王と眠りたくない王妃さま-2
この待遇は、どういう手違いなのか、ナリーファが後宮に入って数週間後に、シャラフの正妃として娶られたからだ。
一体、なぜこうなったのか、不思議で仕方ない。
後宮入りしたとしても、そこから王の寵愛を受けて、初めて正式な妻となるのだ。
王と一度も関係することなく、臣下へと降嫁させられる女性も多い。一度は後宮に入っただけでも、十分に名誉とされるので、そこで満足する女性も多いが。
ナリーファがここに来た時には、すでに後宮には何人もの寵姫が住んでいた。それも、彼女よりずっと大きな国の王女や、この国の有力者の娘ばかりと聞いた。
故国も小さく母の身分も低いナリーファを正妃になどすれば、寵姫たちは勿論、彼女たちを送り込んだ有力者も、不満に思うだろうに。シャラフなりに考えがあるのだろうか?
幸いにもナリーファは、その件で寵姫たちから文句をぶつけられた事がないので、実際にどうなっているのか知らない。
文句どころか、彼女たちと顔を合わせたのは、ここに来た日が最初で最後だった。
扉の外に続く大理石の広い廊下は不思議なほど静まりかえり、衛兵がいるのみだ。
避けられているのかもしれないが、なによりの原因は、ナリーファがこの部屋から出たのは、いまだに片手で数えられる程だからだろう。
内気で人見知りな性格というより、もっと深刻で切実な問題が、それを余儀なくさせていた。
王が毎晩かかさずにこの部屋を訪れるので、ナリーファは夜に眠れないからだ。
よって、もとから体力の少ない彼女は、いつも朝にはくたくたで、朝食をとってから夕方まで眠ってしまう。
王が来ないのは、用事で城を離れる時だけで、その間は決して部屋から出ないように命じられていた。
言いつけに背いてまで、ひっそりと静まり返った大理石の廊下を歩く気にもなれず、殆どの時間を書斎で費やしていた。
そして、特にそれに不満もなかった。
ナリーファが読書を好きと知った王が、書斎に山のような本を贈ってくれたから。
「……ナリーファ?」
横たわったシャラフが、いつまでも扉の前から動かないナリーファに声をかけた。早く来いとの催促に、自分の傍らの敷布をポンポン叩く。
その様子を甘える猫と表現するには、彼の評判や人相は凶悪すぎるだろう。むしろ、しっくりくるのは、今からナリーファを食い荒らそうと、悠然と待ち構える褐色の豹だ。
「はい……」
ナリーファがおずおずと寝台に上がると、シャラフがすぐにその膝へ頭を乗せて目を瞑る。
絹の感触を楽しむように、太ももを覆う長衣へ軽くほお擦りされた。
昨夜、彼の不興をかってしまったからには、このサンディブロンドを膝に乗せることは、もう無いと思っていたのに……。
胸の奥から熱いものがこみあげてきて、短い髪へつい触れてしまう。――と、ナリーファの指がすばやく掴まれた。
剣を握りなれて厚く硬くなった手が、細い指をしっかりと捉える。
深緑の鋭い相貌がパチリと開き、不審そうに視線をあげた。
「珍しいことをするものだな」
「あ……申し訳ございません」
慌てて指を引くと、あっさり離してもらえた。
シャラフは再び目を閉じ、まるでナリーファの膝は、自分専用の枕だとでもいうようにしっかり抱え込んでから、ゆったりと口を開く。
「昨夜の……話の続きはしないのか? あの船乗りは、怪鳥の巣に落ちてどうなったんだ。気になって仕方がない」
投げかけられた、少し無愛想な声に、ナリーファは今度こそ驚愕した。
「お話……しても、宜しいのですか?」
シャラフの不興をかったのは、まさにそれが原因なのだ。
信じられないような話だが、三年近くも毎晩を共に過ごしているのに、ナリーファはまだシャラフに抱かれてはいない。
いや、それを回避するべく、死に物狂いで足掻いているのだ。