試合結果と共に-6
日々の練習は続いた。
オランダ対コスタリカの好ゲームから3日後、準決勝ドイツ対ブラジル戦の前夜。
私が緑地公園に到着すると、麻衣も知美も既にグランドで待っていた。
「もう来てたのか」
グランドに入って2人に声を掛けた私に、麻衣が一つの提案をした。
「ねえ、お父さん賭けをしない?」
「賭けって?」
唐突の申出に私は戸惑ってしまった。
「そう賭けよ。ワールドカップ王者が決まるまでに、リフティングが50回できなかったら、お父さんはペナルティとして来年あたしをカナダへ連れて行くなんてどう?」
「えっ、麻衣それって」
知美が吃驚したような表情を浮かべた。
「カナダって、女子ワールドカップの観戦にか」
同じく驚いた私は麻衣に聞き返した。
「そう、気合い入るでしょ」
「うーん」
今の家庭の経済状況と、受験前の麻衣を連れ出した時の妻の顔を想像した。
「どうなの?少しは父親の威厳見せてよ」
麻衣がニヤニヤと悪戯っぽく笑った。
娘にそう言われると、親としては受けて立つしかない。
「わかった。しかし、それには条件がある」
「え?何よ…」
条件を付けられると思っていなかった麻衣は、怪訝そうな表情を浮かべた。
「もし、50回できたら…」
「できたら?」
「4年後、ロシアに行くから、麻衣はお父さんに付いてくるんだ」
「4年後のロシアって?まさかワールドカップを観に?」
私を驚かしたつもりの麻衣は、私以上に驚いた顔をした。
「え――、それってどっちにしても、カナダかロシアにワールドカップの観戦に行くって事じゃない。麻衣ったら、いいなあ」
知美の目が丸くなった。
4年後なら麻衣の受験は関係ない。費用は今からこずかいを貯めるとして、何としても50回達成して、麻衣を大学受験に専念させないと妻に怒られる。
この日、一つ目標の定まった私は、いつも以上に身を入れて練習をした。
「いいなあ、いいなあ、あたしも行きたいなあ」
黙々と練習をする私の横で、知美が何度も何度も繰り返していた。
翌日の早朝。準決勝ドイツ対ブラジル戦。
本来なら大会屈指の好カードのはずが、一人の天才の欠場で、「ワールドカップ史上最悪の敗者」の汚名を王国が負うことになった。
クローゼの最多得点記録更新に感嘆し、王国の崩壊に唸った。
「もう、まだ朝早いのよ。近所迷惑だから2人とも静かに観なさいよ」
ドイツのシュートが決まる度に同じ様に呻く2人に、妻が苦情を言った。
宥めようと思い、直ぐに妻の顔を覗き込んだが、その目はとても楽しそうに笑っていた。