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ボールと家族とワールドカップ
【家族 その他小説】

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中年男の足掻き-1

【中年男の足掻き】

6月に入り、恒例の人間ドックの健診を受けた。案の定、今年もその結果を見た妻の表情が曇った。

「何かスポーツでもしないと」

今年も同じ言葉が繰り返されたが、いつもと違って真剣だった。

妻の視線を避けてはみたが、自分でも一向に鎮静化せず増え続ける数値に焦燥感が増した。

何とかしないとな…

そんな中でのワールドカップだった。

4年に一度の大会。元々サッカーに限らず、国を背負った競技を見るのは好きだったが、麻衣のサッカー部入部と共に、一気にサッカーが近づいてきたような錯覚を覚えた。前回大会やオリンピックの時よりも心が騒いでいた。

そんな色んな背景が重なり、ふと目に止まったサッカーボールを衝動買いで求めてしまった。

サッカーをやってみようか。

高揚した気分のまま、会社の駐車場で気負いも無く、リフティングをやってみたが、5回と続かなかった。2度、3度と繰り返してみたが結果は同じだった。

元々基本ができるまでボールに触れあった事は無いから、そんなに上手くいくわけは無かった。

ボールを買ってから会社に帰るまでの車の中、『伝手を辿って何処かフットサルのチームにでも入ろう』とまで膨らんだ高揚した想いは雲散していた。考えなくても未経験の中年男など、何処も相手をするワケはない。

サッカーを通じて麻衣との会話の切欠になったらと思ったが、短絡的な自分の浅はかさに気付いてゲンナリした。

ボールを車に置いて仕事に戻ったが、その肩が不甲斐無さにガックリと落ちているのは、自分でもわかった。

一旦切り離して仕事に集中しようとしても、高揚から一転、落胆した気分は中々拭えなかった。

こんなはずない。

小学校の頃は、少し練習するだけで直ぐに何回も出来るようになった。いきなり50回は無理にしても、それでも20回は出来るはず。もう少し足掻いてみたくなった。

いつもより早めに仕事を終えて、帰宅途中の緑地公園の駐車場に車を止めると、トランクに入れっぱなしのスニーカーに履き替えた。

駐車場の直ぐ横にグランドがあった。幸い人目が無かったので、囲われたフェンスを回ってグランドに入った。

さっきは久しぶりだったからだ。

先ずは準備運動、上着を脱いだ。

しかし、伸ばされる機会の無かったアキレス腱は突っ張り、腹肉が邪魔をした前屈運動はただの深いお辞儀の姿勢になった。前屈の反動を使って体を後ろに反らしたつもりが、それは気持ちだけで、実際は首だけを反らしていた。何十年と日常的に動かす機会の無かった体は悲鳴を上げた。

それでもなんとか準備運動を終わらせたが、それだけで息が上がった。

「ふうう」

呼吸が整うのを待ち、気持ちを落ち着けてから、手にしたボールを足の甲に向かって落とした。

しかし結果は同じで5回と続かない。何度も繰り返したが、奇跡的に10回を超えたのがやっとで、その内、足も思うように動かなくなってしまった。

はあはあと肩で息をしながら、甲に落としたボールは跳ねる事なく、ころころと前に転がっていった。

ボールを取りに行く気力も失せ、その場にへたり込んだ。汗だくの手に巻かれた腕時計をチラリと見た。10分も経たずに自分の限界を知った。

カッコ悪…

自分の勘違いに赤面し、麻衣との切欠、運動する私に喜ぶ妻、それら諸々を諦めて帰ろうと思った時に、私に声を掛ける者がいた。

「リフティングの練習ですか?」

ドキリとして振り向くと、フェンスの向こうで遠慮がちにこちらを窺う少女が立っていた。


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