仮住まい-4
男と女とは不思議なものだとつくづく思う。肉体関係のことである。ふと身を入れた流れが思わぬ出会いを生んだ。
男と女だから定まった方向なのだろうか。
体を交えると互いの心までも覗いた気がするし、抵抗なく心を開き、やさしい想いに浸ることができる。それに、甘えたくなってくる。むろん、勝手な思い込みはあるかもしれない。だが、二人が求め合った時、相互に通う満ち足りた想いは柔らかく溶け合うように思う。
奈緒子が水を持って部屋にやってきた時、紅潮した頬と項の艶やかさに神谷の股間は瞬く間に変化した。
(抱いてもいいんだ……)
目の前に座った彼女のしっとりとした湯上りの肌とほのかな香りは女として身を投げ出しているようなものだった。
今日一日の流れの中でもそれは感じていた。言葉で確認したのではない。彼女が自分に寄り添ってくる想いを感じたのである。
(恋心……であるはずはない……)
夢を託すことなど到底できない落ちぶれた行きずりの男にそんなことはあり得ない。
(心に穴があいたような……)
彼女は言った。
そこを埋めたくなったのだろうか……。束の間であっても……。
そうだとしたら、自分も同じかもしれないと神谷は考えた。
(鬱屈したものを抱き続けていた……)
たまたま感じた残像のような境遇に惹き合うものがあった。それなら……。
凄まじいともいえる反応であった。女陰は蜜壷と化し、うねる体は忘我の境を彷徨った。
(彼女を導こう……)
結合を堪えた。挿入すればすぐ果ててしまうことはわかっていた。
ここまで『女』を燃えさせる奈緒子を絶頂に引き上げてあげたかった。心を寄せてくれた彼女に報いたかった。
まるで断末魔のような声を残して彼女が達した時、陰部から液体が噴出した。滲むのではなく、確かに噴き出たのである。尿ではなかった。
その後、湯船で身を寄せた。女の肌の心地よさに酔いしれた。
浴室を出て、
「このまま、部屋まで行っちゃう?」
奈緒子が首をすくめて言った。
「急いで行かないと寒いよ」
「うん」
バスタオルを羽織って体を寄せながら階段を昇った。
霧が晴れていく感覚があった。だが、晴れても何も見えない。安穏につながる未来は見えない。手がかりもない。それでも目の前が晴れたほうがいい。……
ほんの目先でも晴れたのは奈緒子の存在であった。
腕の中で神谷を見上げる奈緒子の目は熟れた女のそれではなかった。全力で絶頂に昇った形相は、愛らしく、はにかみを滲ませていた。むろん、肉感はそそりにそそる魅惑をもって密着してくる。
全裸で抱き合い、脚を絡める心地よさ。確かめるように奈緒子の手が神谷の背や尻を摩ってくる。彼も同じように柔肌を辿る。
「お酒、飲む?」
「ワインなら少し」
「冷えてる」
「グラスで持ってこようか。行ってくる」
神谷は起き上がってパジャマを着かけて、
「このままでいいや」
裸で立った。
「寒いよ」
「すぐだから。警備員、巡回に行ってきます」
「ふふ……。私も行く」
奈緒子が飛び起きて裸体をぴったりくっつけてきた。
「すぐ来るのに」
「一人じゃ怖い」
愛しさがふたたび昂奮を呼び始めていた。
いくつもの想いが錯綜するが、言葉としてはほとんど出てこない。なにげないやり取りばかりである。それでもよかった。それでよかった。
(二人の時間に浸っている……)
奈緒子もそうなのだろう。そんな心の内が伝わってくる気がしていた。
「少し暗くしていい?」
奈緒子は電気スタンドの紐を引いた。
「あら……」
一瞬、光ってすぐ消えた。
「切れたみたい」
「いいよ、このままで」
部屋は煌々と明るい。
「このほうがよく見える」
四つん這いになって電球を外している奈緒子の股間を覗いた。
「やだ……」
「恥ずかしい?」
「そんなに見られると……」
座りこんで布団を引き寄せてちょっと怒った顔を見せたが、すぐに尻をあらわにしてベッド際のボックスを探し始めた。
「買い置きないかな……」
割れ目が全開である。
その姿を見た時、神谷は欲情するよりも胸に熱いものが込み上げて息を呑んで堪えた。
昨日まで見ず知らずの女が今、女体の最も大切な部分をさらけだしている。はしたないとは思わなかった。奈緒子は体を許しただけでなく、
(心も許したのだ……)
そう思ったら想いが込み上げてきたのである。
愛とか、信頼とか、触れ合いの深さとは別に、わずかな接点で男と女は情の機微を感じ合うことができるのかもしれない。
「やだ、何これ……」
奈緒子が妙な笑みを浮かべながら銀色の小箱を差し出した。何なのか、すぐわかった。コンドームである。
「父が買ったのかな?」
「へえ、だいぶ前の?」
「まだ期限前。封開けてないし……。お父さん、使う予定があったのかしら……」
亡くなったのが七十六歳……。
「ここを建てた頃ならわかるけど……今から数年前なんて……」
「若い子がいたりして」
「まさか……死んだ時も、何にもなかったわ」
「そいうことってわからないもんだよ」
「そうだけど……」
どういう意図があったのか、いまとなっては分かり得ない。
「子供のために置いてあったのかな」
「子供って、私?そんなことないでしょう。でも……」
「ちょうどよかった?」
「ふふふ……」
奈緒子の手が神谷の太ももに触れ、さらに『目指して』動いていった。