姉と弟の特別稽古-7
その様子を見ながら瓶之真は少し不安になった。
(だ、大丈夫であろうか…)
もし、三つの稽古の一つでも飛ばせば直ぐに帰ってくるかもしれない。いやそれよりも、稽古の内容を忘れて聞き返しに来るかもしれない。
(ならば急がねば…)
瓶之真は、お満が出かけたのを確認すると、稽古にかこつけた扱きを更に厳しくしだした。
「持次郎―――!何をフラフラと振っておるか―――!」
持次郎が少しでもふらつこうものなら、瓶之真の袋竹刀が遠慮なく飛んできた。
「活―――――っ!」
気合を込めた瓶之真の袋竹刀が、持次郎の太ももにビシリと決まり、その音で道場内にピリピリとした緊張が走った。
しかし、真剣に指導するように見える瓶之真の心の中は、(こんにゃろ、お満に妙な気を起こさぬように、気力をもぎ取ってくれようぞ)だった。
例えそれが師の焼き餅が発端であろうと、この時代の門弟にとって師は絶対の存在だった。
持次郎は木刀をあらためて握りしめると、師の指示通りに木刀を振り上げた。
「おす〜〜〜」
朝、2回も抜いていたので腰はへろへろだった。しかし、へろへろながらも持次郎は単純でキツイ稽古を続けた。
しかし、その猛稽古は持次郎だけでは無かった。
「竿之介―――!そんな事では目的は達成できぬぞ―――!活―――――っ!」
遠慮のない瓶之真の袋竹刀で竿之介は吹っ飛んだ。道場内が更に緊張感が増していった。いつの間にか竿之介も特別稽古をさせられていた。
(うひひ、竿之介をクタクタにして夜はゆっくり眠ってもらおうかの)
邪まな考えを浮かべた瓶之真はニヤリとほくそ笑んだ。
さて、道場のそんな緊張感と弟の苦難を余所に、呑気な姉は神社の途中にある三田屋を前にして頭を捻っていた。
「え〜っと、三…なんとか屋さん?三田屋さん?三田屋さんの豆餅…だっけ?う〜ん、まあいいや、金子は一杯貰ったしお腹が空いたし、これ食べよっと。おばさん、豆餅三つ下さいな♪」
韻を踏むような軽やかな声でお満は注文した。
「あらま、女の子だったのかい。お譲ちゃん、どうしてそんな恰好してるんだい」
三田屋の女主は、美形の少女の剣士姿に吃驚した。
「え〜っと、なんだっけ?」
お満は頭を捻った。豆餅が頭を占拠し、今まで入っていた情報の一つ三笠屋の饅頭は何処かに押しやられてしまっていた。