無謀2-6
田倉がいなくなってからずっと意識していた、キッチンの横に設置してあるインターホンに視線を向けた。しばらく見つめたあと夢遊病者のように近づいた。震える指でインターホンの通話ボタン押した。
モニターには外の仄暗い光景が映った。目を懲らしたが、いつも見る玄関先が暗く映っているだけだ。指を離してモニターが消えるまでぼんやり見ていたが、インターホンに近づいたときと同じような動作で、やおら後ずさる。
リビングを出ると、今度は早足で玄関まで進んだ。素足のまま玄関の踏込みに降り、ドアに両手を突いて覗き窓から外を見た。
小さいながら洒落たポーチが気に入ったのも、この家の購入を決めたひとつの理由だった。今日は誰も帰ってこないので、外の明かりは消しある。そのポーチが家からの光でボウッと浮かびあがった。外観で一番気に入っていたポーチが、今は無機質に映った。そこからすぐ向こう側は道路に出る。その先は闇だった。
緊張していた体の力が抜けた。
玄関に上がり無理して微笑み、足の裏を払う。田倉がずっとまくり上げていたシワになったスカートを手で撫でた。
廊下に一歩踏み出してから、カギをしめていないことに気付いた。弾けるように振り返り、もどかしげにサンダルを履く。上下のカギをカチャカチャと音を立て施錠した。そのままカギの部分を握って息を詰めてたたずんでいた。
すぐに二つとも開錠し、そっとドアを開いた。目を懲らし、人気のない通りを見つめた。
地面に埋め込まれた煉瓦のブロックが隣の家との境界線になっている。その合間にゴールドクレストが何本か植えてある。この頃の建て売りにはこの針葉樹が植えてあることが多かった。その端のコンクリートの上に田倉が腰掛けていた。田倉がゴールドクレストのシルエットに溶け込んでいたのと、体が半分ポーチの柱の影に隠れていたので、すぐには気付かなかった。
「ずっとここに……」
奈津子は胸に手を当て、周囲を警戒しながら小声で言った。
「ええ」
闇の中にいる田倉の表情までは見えない。バリトンだけが聞こえた。
「わたしが気付かなかったら……」言い終わらぬ前に「ずっとここにいるつもりでした。あなたのそばに」と言った。田倉が立ち上がるのを茫然と見つめていた。初夜を迎える花嫁のように抱かれるまで。
そのまま真っ直ぐ寝室へ向かった。入る前に立ち止まり、視線を落とした。田倉に見つめられて頬が熱くなる。白日夢がよみがえる。
「毎日あなたが寝起きしている寝室であなたを抱きたい」背を丸めキスをしようとしたが顔を背けた。その代わり、しがみつくようにして逞しい胸に顔を押し当てた。田倉の鼻息が頬を撫でる。苦笑を漏らしたのだろう。
抱きかかえたまま寝室に入り、並んでいる二つのベッドのうちピンク色のシーツが敷かれているベッドの前で「ここがあなたの」とつぶやいた。「シャワーを……」と駄々をこねてみたが、「このままがいい」と言ってのしかかっていった。田倉の強引さはよく知っている。正面から抱きすくめられようとしたが、身をくねらせて横臥したのがささやかな抵抗であった。