その1 ちちろのむしと出会ひけり-6
(な、何だ、さっきはおれの目がおかしかったのか)
瑚琳坊は安堵のため息をついた。が、次の瞬間、ため息は吸い込まれてしまった。娘の影が人間の形ではなかった のだ。
(あ、あれは、……虫?)
障子には、いなごとも、おけらともつかぬ薄い影が大きく映っていた。
(何だぁ、こいつは。猫股ならぬ虫股かぁ?)
瑚琳坊の口の中で、自然と化け物退散の念仏がつぶやかれていた。しかし目と鼻の先には、つぶらな瞳の娘の顔が ある。やはり可愛い。こいつはよほど変化に長けた化け物に違いなかった。
(しかし、何でここに化け物が現れるんだ? おれは虫に怨まれる覚えはねえぜ)
その時、瑚琳坊の脳裏に先日の草むらの情景が浮かび上がった。
(あっ、そういえばこの前、蟷螂を踏みつぶしたなあ……。でも、それなら影は蟷螂の姿のはずだが……)
しばらく考え、瑚琳坊はもう一匹の虫を思い出した。
(もしかして、こいつはあの時のちちろむしか? おれが蟷螂を踏みつけたんで命拾いをしたちちろむしか?)
彼は座り直し、あらためて娘を眺めた。透けるような色白の肌。あの時の白いちちろむしに通じるものがある。 黒々とした瞳。ちちろむしの眼もそんな感じだった。
(こいつは、あの時のお礼に来たってわけかい? こりゃぁ驚いた。鶴の恩返しなら聞いたことがあるが、まさ か、ちちろむしの恩返しとはねえ……)
「お願いでございます。何でもしますから、ここに置いて下さいまし」
瑚琳坊は腕を組み、思案を巡らした。
(ちちろむしが化けたとはいえ、これだけ可愛い娘は滅多にいるもんじゃねえ。ここはひとつ、話に乗ってみる か)
瑚琳坊の助平心が「そうだ、この娘を置いてやれ」と囁いていた。
「うーむ、それほど云うのなら置いてやらないこともないが……」彼の口元がニヤリとゆがんだ。「あんた確か、 何でもすると云ったな?」
「……はい」
「それじゃあ、今ここで着物を脱いでみな」
娘はハッと息を飲み、身を引いた。
「どうした、脱いでみな」
「ぬ、脱ぐのですか? 今、ここで……」
「そうだ」
娘はうつむき、じっと胸を掻き抱いていたが、やがて意を決したように顔を上げると、
「よろしゅうございます。瑚琳坊様の仰せとあらば、いさぎよく脱ぎます」
ツッと立ち上がり、衣擦れの音をさせながら着物を外しにかかった。唇をきつく引き結び、泣きそうな表情で帯を 解き、袷(あわせ)を脱ぎ、肌襦袢を取り去った。小振りだが形のよい乳房が現れた。乳暈はかなり小さく、乳首は淡い桃色だった。それを隠 そうとする手が、緊張で微かに震えていた。