その1 ちちろのむしと出会ひけり-19
ところが、どうしたことかお鈴の気分が次第に塞ぐようになっていった。どうしたのだと尋ねても、蒼白い顔に無理に笑みを浮かべ、はぐらかす お鈴であった。そこで瑚琳坊は彼女の手をとり両国の寄席や上野の見世物、少し奮発して中橋の浄瑠璃見物へと連れ出した。ところがそれでも お鈴の気分は晴れなかった。
「いったいどうしたってんだ。……まだ膝が痛むのか? それとも他の病にでもかかったのか?」
蒲団の上に差し向かいに座り、瑚琳坊は問いつめた。
「このところ食も細ってるじゃねえか。今夜だって飯を半分残したし……。なあ、お医者へ行こうぜ、いいだろ う?」
お鈴は弱々しく首を振るばかりである。脅してもすかしても駄目だった。
「どうしろってんだよ……、もう」
瑚琳坊は大の字に寝転がった。彼女は無言でうつむいている。
「おい、お鈴。おめえまさか、おれに愛想がつきたんじゃねえだろうな……。まさかここを出て行きたいとかぬか すんじゃ……」
「滅相もございません。どうしてそのようなこと……」
「じゃあ、何なんだよ。どうしてそんなに塞いでるんだよ?」
すると、顔を伏せていたお鈴の頬を涙が一滴つたって落ちた。
「ど、どうしたんだよ」
身体を起こし、お鈴の肩に腕を回す瑚琳坊。彼女の涙は後から後から流れ落ち、ついに声を震わせて泣き崩れた。
「おい、お鈴、どうした!」
お鈴は瑚琳坊の膝に顔を伏せ、慟哭に打ち震えた。そして、とぎれとぎれの涙声でこう言った。
「もう、お別れが、近いのです……。おまえ様との、この暮らしも、あとわずか半月……」
驚いて瑚琳坊はお鈴の肩を押しやった。
「何だって。やっぱりおめえ、出て行くのか」
「違います。……私の寿命が、あと半月ほどで、尽きてしまうのです」
瑚琳坊は何かで強く頭を殴られたような気がした。
(「その2 ちちろのむしと別れけり」につづく)