雪の夜-2
「でも、君も僕と日向さんとのことを怪しんでたんだろ?」
「うん。あたしも『シンチョコ』でのあなた達を偶然見ちゃって……。それがこの荷造りの直接の原因かも」
「あの時はね、彼女、僕を慰めてくれたんだ。恩返しだ、って言ってさ」
「恩返し?」
「そう、恩返し。僕が去年の夏に、彼女を慰めてあげたことへの。僕は全然そんなつもりはなかったんだけどね」
「いい人だね、日向さんって」
「あの子、やっと二十歳になったばかりなのに、僕にチョコレートを勧めながら、元気出して、って言ってくれたんだ。僕が嫉妬してるのも、疑心暗鬼だ、って」
「素敵な部下だね」
「あの子は……」声のトーンを落として、龍は話し始めた。「自分が生まれた日に、お父さんを事故で亡くしてるんだ」
「えっ? ほんとに?」
遼は静かにうなずいた。
「だから彼女は生まれてからずっとお母さんと二人暮らし。決して豊かな生活をしてきたわけじゃない。そして物心つく頃には、自分は警察官になるって決めていたんだ」
「そう……偉いね……」
「だからあの子は人を癒してくれる力を本能的に持っている、そんな気がする。迷子になった子どもや、交番にやってくるお年寄りへの対応なんか、もうベテラン警察官以上に素晴らしいんだ」遼は恥ずかしげに笑った。「僕なんか足下にも及ばない」
「だから、あなたも話す気になったんだね、彼女に」
「うん、そう。なんか、あの子には、心の中までさらけ出したくなる。話を聞いてもらっていると、気持ちがどんどん楽になっていくんだ」
「いい警察官になれそうだね」
「うん。間違いないね」
「いい部下を持ったね、遼」
「去年は僕があの子の実習指導員だったけど、まさか、逆に慰められるなんて思わなかったよ」遼は照れたように笑った。そして雨に濡れたバッグからシンチョコのアソートチョコレートの箱を取り出した。「お土産にいただいたんだ」
その時、湿ってくしゃくしゃになったライトグリーンのハンカチが床に落ちた。
「あ!」遼は小さく叫んで、それを慌てて拾い上げた。
そして恥ずかしげに顔を赤らめた。
「遼……」亜紀は遼の目を見つめ、数回瞬きをした。「それ、ずっと使ってくれてたんだね……」
遼は照れたように頭をかいて、亜紀から目をそらした。「ご、ごめん。こんなにしちゃって……。でも、いつもちゃんと洗濯してるんだよ」
「嬉しい……」亜紀は小さく独り言のように言った。「で、でも……」
亜紀は突然顔を上げて泣きそうな顔をした。
「どうしたんだい?」
「遼がくれたネックレス、失くしちゃったの……昨日……」
そして彼女はうつむいた。
遼はふっと笑って亜紀の髪をなでた。「あれって二十歳の時にプレゼントしたものだろ? ずっと身につけてくれてたんだ。うれしいよ。それだけで十分さ」
「ごめんなさい……」亜紀は申し訳なさそうな目を遼に向けた。遼は柔らかく微笑んでいた。
「チョコレート、食べる?」遼が言った。
「う、うん」
遼は箱を開けて、一粒のチョコレートを亜紀の手を取って乗せた。「日向さん、こうやって、僕の手を取って、食べてみて、って言うんだ」
「あたしが見たの、彼女が遼にそうやってチョコレートを渡す瞬間だったよ」
「ほんとに?」
「うん。だからあたし、すっかり誤解しちゃって……」
「そうか……」
「でも。良かった」亜紀は手に乗せられたチョコレートを口に入れた。「誤解がやっと解けた。この口の中のチョコレートみたいに」
「不思議なことにさ、その時シンチョコのチョコレート食べたら、何だか、すっと心の霧が晴れていく感じがした」
「うん。わかる。落ち着くね、とっても……」
「その次の日だったよ。俺が省悟から事実を知らされたの」
「省悟くんに会ったの?」
「うん。ヤツに強烈なパンチを食らったよ」
「えっ?!」
「僕が君への想いを心の中に閉じ込めて悶々としてる、ってこと、見破られてさ」遼はばつが悪そうに頭を掻いた。「『三年も亜紀を放っとくやつがあるか』って、諭されたよ」